ATM; ATAXIA-TELANGIECTASIA MUTATED GENE

キーワード

 DNA損傷、リン酸化、早老症、放射線高感受性、酸化ストレス

歴史とあらまし

  ヒト劣性遺伝病である毛細血管拡張性運動失調症 (ataxia-telangiectasia; AT) の原因遺伝子として、1995年に染色体11q22.3領域から単離され、AT患者で変異を起こしている(AT mutated)という意味でATMと名付けられた。ATは原発性免疫不全症に分類される疾患で、臨床症状としては神経症状、免疫不全、高発ガン性、早老症、糖尿病症状などを呈し、細胞の形質としては放射線高感受性、染色体不安定性などを示す。AT患者の病因変異は数多く同定されているが、遺伝子上のホットスポットは認められない。変異の特徴としては、エクソンの欠失が比較的多く、C末端のキナーゼ領域を欠損するタイプが多い。

分子構造

 ATMタンパク質は主に核に存在し、組織によっては細胞質にも多く存在する(Ref. 1)。全体で3056アミノ酸からなり、C末端側の約350アミノ酸からなるPI3 Kinase(フォスファチジルイノシトール3キナーゼ)ドメインが活性部位である。ATMの活性を制御するセリン1981は、PI3 KinaseドメインよりもN末側のFAT (FRAP/ATM/TRRAP) ドメインに存在し、セリン1981が自己リン酸化されることがATM活性化の指標とされる。その他にもセリン367、セリン1893のリン酸化が知られており、これらの自己リン酸化もATMの活性化に必要である(Ref. 2,3)。さらにN末側には繰り返し配列であるHEAT (Huntingtin elongation factor 3, a subunit of protein phosphataase 2A, and TOR1)ドメインをもち、ここにはATM活性化の制御に関与するタンパク質の結合部位が存在する。

機能

 1.PI3 Kinaseファミリーに属するリン酸化酵素であり、基質となるタンパク質のセリン/スレオニン残基をリン酸化する。ATMはDNAの二本鎖切断によって活性化され、p53、c-Abl、H2AX、Chk2、BRCA1、NBS1、SMC1などのリン酸化を行う。これらは細胞周期チェックポイント、DNA修復、アポトーシス、ストレス応答など様々な細胞応答に関与する因子であり、これらの活性化を担うATMは、DNA損傷応答のイニシエーターである(Ref. 4)。
2. AT患者では酸化ストレスが亢進していることが知られており(Ref. 5)、ATMの機能低下が生体のレドックスバランスを崩すと考えられる。最近DNAの二本鎖切断に関係なく、過酸化水素によって直接ATMが活性化されるという報告がなされ(Ref. 6)、ATMは酸化ストレスに対しても何らかの関与をしているものと考えられる。
3.近年、核外に存在するATMも注目されている。細胞質のATMがインスリンシグナルに関与していることが明らかにされ(Ref. 7)、糖尿病治療のターゲットとしての可能性も示唆されている。

老化・老年病における意義

 老化・老年病における意義(この部分を出来るだけ詳しく書いて下さい。)
WrnなどDNAの維持・修復に関与する他の因子と同様、AT患者でも早老症が認められる。マウスにおいては、テロメラーゼのRNA構成要素であるTercとのダブルノックアウトにおいて早老症状が認められる(Ref. 8)。ATMの機能低下による早老症状の発現メカニズムにはテロメア維持機能が関与しているものと考えられる。

Database

ATM

参考文献

1)Oka, A., Kurachi, Y., Mizuguchi, M., Hayashi, M., Takashima, S. The expression of late infantile neuronal ceroid lipofuscinosis (CLN2) gene product in human brains. Neurosci Lett 257:113-115, 1998 (PMID: 9865940)
2)Bakkenist, C. J., Kastan, M. B. DNA damage activates ATM through intermolecular autophosphorylation and dimer dissociation. Nature 421:499-506, 2003 (PMID: 12556884)
3)Kozlov, S. V., Graham, M. E., Peng, C., Chen, P., Robinson, P. J., Lavin, M. F. Involvement of novel autophosphorylation sites in ATM activation. EMBO J 25:3504-3514, 2006 (PMID: 16858402)
4)Iijima, K., Ohara, M., Seki, R., Tauchi, H. Dancing on damaged chromatin: functions of ATM and the RAD50/MRE11/NBS1 complex in cellular responses to DNA damage. J Radiat Res (Tokyo) 49:451-464, 2008 (PMID: 18772547)
5)Barzilai, A., Rotman, G., Shiloh, Y. ATM deficiency and oxidative stress: a new dimension of defective response to DNA damage. DNA Repair (Amst) 1:3-25, 2002 (PMID: 12509294)
6)Guo, Z., Kozlov, S., Lavin, M. F., Person, M. D., Paull, T. T. ATM activation by oxidative stress. Science 330:517-521, 2010 (PMID: 20966255)
7)Yang, D. Q., Kastan, M. B. Participation of ATM in insulin signalling through phosphorylation of eIF-4E-binding protein 1. Nat Cell Biol 2:893-898, 2000 (PMID:11146653)
8)Wong, K. K., Maser, R. S., Bachoo, R. M., Menon, J., Carrasco, D. R., Gu, Y., Alt, F. W., DePinho, R. A. Telomere dysfunction and Atm deficiency compromises organ homeostasis and accelerates ageing. Nature 421:643-648, 2003 (PMID: 12540856)

作成者

三浦ゆり、遠藤玉夫 20111130

Update 2012517

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