BDNF; BRAIN-DERIVED NEUROTROPHIC FACTOR

NTRK2; NEUROTROPHIC TYROSINE KINASE, RECEPTOR, TYPE 2
[別名]
TRKB; TYROSINE KINASE RECEPTOR B

NGFR; NERVE GROWTH FACTOR RECEPTOR
[別名]
TNFRSF16; TUMOR NECROSIS FACTOR RECEPTOR SUPERFAMILY, MEMBER 16
p75(NTR)
CD271

BAX; BCL2-ASSOCIATED X PROTEIN

キーワード

 脳由来神経栄養因子、感覚神経、前脳基底部コリン作動性神経、黒質ドパミン作動性神経

歴史とあらまし

 BDNF(brain derived neurotrophic factor; 脳由来神経栄養因子)は、NGF(神経成長因子)に次いで見出されたニューロトロフィンファミリーに属する神経栄養因子である。培養後根神経節細胞の生存を維持する作用を持つ因子として1982年にYves-Alain Bardeらによりブタの脳から精製された。古典的にニューロトロフィンはニューロンが支配する標的細胞から産生され、その神経終末に取り込まれて逆行性に細胞体に運ばれて機能すると考えられていた。現在ではニューロトロフィン特にBDNFは、軸索を逆行性だけでなく順行性にも輸送され神経終末から放出されてシナプス後細胞に対しても影響を及ぼすことが明らかにされている。BDNFは最初に脳で見出されたが、多くの末梢組織でも産生される。

分子構造

BDNF:BDNFは119個のアミノ酸からなるポリペプチド(分子量13.5kD)であり、二量体の形で存在する。遺伝子座は第11染色体である。約50%のアミノ酸配列はNGFと相同性を示す。BDNFのアミノ酸配列は哺乳動物間で種差がない。
高親和性BDNF受容体(TrkB): TrkB(全長型)は822個のアミノ酸からなる糖蛋白質(分子量約145kD)で、膜貫通ドメインを1つ持つ。細胞質ドメインにチロシンキナーゼ活性を有する。BDNFとNT4に高い親和性を有し、これらが結合することにより二量体を形成する。TrkBには同一遺伝子によりコードされる、細胞質ドメインのない2種の短縮型(分子量約95kD)も存在する。遺伝子座は第9染色体である。
低親和性受容体(p75):p75は、427個(成熟型は399個)のアミノ酸からなる糖蛋白質で、膜貫通ドメインを1つ持つ。分子量約75kD。BDNFのほか、NGFなど全てのニューロトロフィンが結合できる。遺伝子座は第17染色体である。

機能

 BDNFはNGFと同様に、神経細胞の生存維持、神経突起の伸長促進、神経伝達物質の合成促進などの作用を示す。これらのBDNFの機能は高親和性受容体(TrkB)を介する。BDNFは末梢神経系では感覚ニューロン(後根神経節の中型細胞や迷走神経求心性神経の節状神経節など)、中枢神経系では前脳基底部コリン作動性ニューロンや黒質ドパミン作動性ニューロンなどに作用を示す。BDNFとNGFでは効果を及ぼすニューロン群に違いがある。例えば脊髄後根神経節細胞や前脳基底部コリン作動性ニューロンに作用する点はNGFとBDNFで共通する。しかし、BDNFはNGFに反応しない迷走神経求心性神経の節状神経節細胞や黒質ドパミン作動性ニューロンに対しても栄養作用を発揮する。逆にNGFに反応する交感神経に対しては作用しない。
中枢神経系において、BDNFとその受容体TrkBは特に大脳皮質や海馬、視床下部などに多く存在する(Tapia-Arancibia et al., 2008)。BDNFは海馬でのシナプス伝達の可塑性発現に関与し、学習や記憶の形成に関わる。例えば、BDNFノックアウトマウスでは、海馬長期増強(LTP)の発現の減弱、空間学習の低下が認められる。そのほか、BDNFは神経障害性疼痛の発症、摂食抑制、糖代謝調節、心拍数や血圧の調節などに関わる(Mattson and Wan, 2008)。

老化・老年病における意義

 BDNFは、アルツハイマー病、うつ病などの精神神経疾患との関連が報告されている。
 アルツハイマー病患者の脳では、特に大脳皮質や海馬において、BDNFとTrkBのレベルが健常者よりも低い。健常者では前頭前野においてTrkB mRNAレベルが加齢に伴い減少する。ラットでは加齢に伴う空間記憶の低下と、海馬のBDNF mRNA発現量の減少が相関することが示されている。これらの事実から、加齢及びアルツハイマー病における記憶低下に、BDNF作用の減少の関与が示唆されている(Tapia-Arancibia et al., 2008)。
BDNFとうつ病との関連を示すデータも報告されている(Erickson et al., 2012)。うつ病患者の脳では、海馬を含むいくつかの領域でBDNF蛋白量の減少が認められる。うつ病のモデル動物では海馬のセロトニン作動性神経線維の脱落が認められるが、BDNFはセロトニン作動性ニューロンの生存維持に作用する。
 ラットにおいて身体運動が海馬や大脳皮質のBDNF mRNA発現量を高めること(Neeper et al., 1996)、空間記憶を高めること(Fordyce and Farrar, 1991)が報告されている。今後、運動の他にも、加齢や精神神経疾患で低下する脳領域のBDNFを高める手法の開発やメカニズムの研究が発展することが期待される。

Database

BDNF
TRKB
NGFR

参考文献

1.Fordyce DE, Farrar RP.Enhancement of spatial learning in F344 rats by physical activity and related learning-associated alterations in hippocampal and cortical cholinergic functioning.Behav Brain Res.46: 123-133.1991 (PMID: 1664728)
2.Neeper SA, Gómez-Pinilla F, Choi J, Cotman CW.Physical activity increases mRNA for brain-derived neurotrophic factor and nerve growth factor in rat brain.Brain Res.726: 49-56, 1996 (PMID: 8836544)
3.Mattson MP, Wan R.Neurotrophic factors in autonomic nervous system plasticity and dysfunction.Neuromolecular Med.10: 157-168, 2008 (PMID: 18172785)
4.Tapia-Arancibia L, Aliaga E, Silhol M, Arancibia S.New insights into brain BDNF function in normal aging and Alzheimer disease.Brain Res Rev.59: 201-220, 2008 (ID: 18708092)
5.Erickson KI, Miller DL, Roecklein KA.The aging hippocampus: interactions between exercise, depression, and BDNF.Neuroscientist.18:: 82-97, 2012 (PMID: 21531985)

作成者

宮崎 剛

Update 20130116

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