NGF; NERVE GROWTH FACTOR

TRKA; TYROSINE KINASE RECEPTOR A

NGFR; NERVE GROWTH FACTOR RECEPTOR
[別名]
P75(NTR)

キーワード

 神経成長因子、感覚神経、交感神経、前脳基底部コリン作動性神経

歴史とあらまし

 NGF(nerve growth factor; 神経成長因子)はRita Levi-Montalciniらにより最初に見出された神経栄養因子である。1948年にErnst Buekerはマウスの肉腫をニワトリ胚に移植すると、交感神経節や後根神経節の大きさが増大し、そこから肉腫組織に神経突起が伸長することを見出した。続いて1951年にLevi-MontalciniとViktor Hamburgerは、ニューロンの分化成長を促す肉腫由来の因子が存在することを明らかにした。その後、この因子の本体であるNGFがLevi-Montalcini とStanley Cohenによりマウス顎下腺やヘビ毒から抽出された。
 1980年代終わりからNGFと同じ遺伝子ファミリーとしてBDNF(brain derived neurotrophic factor; 脳由来神経栄養因子)、NT-3、NT-4などが相次いで同定され、ニューロトロフィン(神経栄養因子)と総称されている。NGFを含め、ニューロトロフィンの受容体には高親和性受容体と低親和性受容体が存在する。

分子構造

 NGF:NGFは3つのサブユニット(α、β、γ)からなる蛋白質複合体であるが、栄養因子活性を有するのはβサブユニットである。NGFβサブユニットは118個のアミノ酸からなるポリペプチド(分子量13kD)であり、二量体の形で存在する。遺伝子座は第1染色体である。
高親和性NGF受容体(TrkA):TrkAは、790個(成熟型は758個)のアミノ酸からなる糖蛋白質で、膜貫通ドメインを1つ持つ。細胞質ドメインにチロシンキナーゼ活性を有する。分子量約140kD。trkAはNGFが結合することにより二量体を形成する。
低親和性NGF受容体(p75):p75は、427個(成熟型は399個)のアミノ酸からなる糖蛋白質で、膜貫通ドメインを1つ持つ。分子量約75kD。NGF以外のニューロトロフィン(BDNF、NT-3、NT-4)も結合できる。遺伝子座は第17染色体である。

機能

 NGFを始めとするニューロトロフィンは、神経細胞の生存維持、神経突起の伸長促進、神経伝達物質の合成促進などの作用を示す。これらのNGFの作用は高親和性受容体(TrkA)を介する。NGFはニューロンの投射する標的細胞(ニューロンや筋肉など)で合成・分泌され、ニューロンの軸索末端のTrkA受容体を介して取り込まれ、逆行性に細胞体に運ばれて機能する。最近、NGFの順行性の働きも見出されている(Guo et al., 2012)。p75受容体はTrkA情報伝達系を促進する働きが認められているが、細胞の生存ではなく細胞死(アポトーシス)を引き起こす作用もある。
 NGFは、末梢神経系では感覚ニューロン(後根神経節の小型細胞)や交感神経節後ニューロンに、中枢神経系では大脳皮質や海馬に投射する前脳基底部コリン作動性ニューロンに特異的に作用する。痛覚の減弱や発汗障害、知能低下を認める先天性無汗無痛症(CIPA4型)では、TrkA遺伝子変異が明らかにされている(Indo et al., 1996)。

老化・老年病における意義

 NGFは特に発育段階のニューロンへの生存維持作用が重要であるが、高齢のヒトやラットの交感神経節ニューロンに対しても神経線維の伸展作用を示す(Fukuda et al., 1985)。
 NGFが作用する前脳基底部コリン作動性神経はアルツハイマー病患者の脳で著しく脱落することから、NGF及びその受容体の欠如とアルツハイマー病・老化との関連性が指摘されている。軽度認知機能障害(MCI)患者や初期のアルツハイマー病患者において、前脳基底部のNGF受容体(TrkA)免疫陽性細胞数は認知機能テストの成績と相関する(Mufson EJ et al., 2000)。
 老齢ラットにおいて海馬のNGF量が減少する(Lärkfors et al., 1987)。学習能力の低い老齢ラットにNGFを1カ月間投与すると、学習能力が改善される(Fischer et al., 1987)。これらの事実は、老化による学習能力の低下には脳内におけるNGFの働きの低下が関わっている可能性を示唆する。
 大脳皮質におけるNGF分泌は、大脳皮質に投射する前脳基底部コリン作動性神経の活性化により促進性に調節されることが成熟ラットで見出されている(図、Hotta et al., 2007; 2009)。このNGF分泌促進反応はニコチン受容体を介する。老齢ラットではおそらくニコチン受容体数の減少のため、NGF分泌促進反応が認められない(図)。身体運動は海馬や大脳皮質のNGF mRNAを高めることが報告されているが(Neeper et al., 1996)、この効果は身体運動による前脳基底部コリン作動性神経の活性化を介する可能性がある。今後更に、加齢やアルツハイマー病で減少する脳内NGF量を高める手法の開発や機序の解明が望まれる。



Hotta et al., 2009より

Database

NGF (OMIM162030)
NGFR (OMIM162010)
TRKA (OMIM191315)

参考文献

1. Fukuda J, Yamaguchi K, Akimoto S, Tada Y. NGF-dependent and -independent growth of neurites from sympathetic ganglion cells of the aged human in a serum-free culture. Neurosci Res. 2: 460-471, 1985 (PMID: 4047522)
2. Lärkfors L, Ebendal T, Whittemore SR, Persson H, Hoffer B, Olson L. Decreased level of nerve growth factor (NGF) and its messenger RNA in the aged rat brain. Brain Res. 427: 55-60, 1987 (PMID: 2448009)
3. Fischer W, Wictorin K, Björklund A, Williams LR, Varon S, Gage FH. Amelioration of cholinergic neuron atrophy and spatial memory impairment in aged rats by nerve growth factor. Nature 329: 65-68, 1987 (PMID: 3627243)
4. Neeper SA, Gómez-Pinilla F, Choi J, Cotman CW. Physical activity increases mRNA for brain-derived neurotrophic factor and nerve growth factor in rat brain. Brain Res. 726: 49-56, 1996 (PMID: 8836544)
5. Indo Y, Tsuruta M, Hayashida Y, Karim MA, Ohta K, Kawano T, Mitsubuchi H, Tonoki H, Awaya Y, Matsuda I. Mutations in the TRKA/NGF receptor gene in patients with congenital insensitivity to pain with anhidrosis. Nat Genet. 13: 485-458, 1996 (PMID: 8696348)
6. Mufson EJ, Ma SY, Cochran EJ, Bennett DA, Beckett LA, Jaffar S, Saragovi HU, Kordower JH.  Loss of nucleus basalis neurons containing trkA immunoreactivity in individuals with mild cognitive impairment and early Alzheimer's disease. J Comp Neurol. 427: 19-30, 2000 (PMID: 11042589)
7. Hotta H, Uchida S, Kagitani F. Stimulation of the nucleus basalis of Meynert produces an increase in the extracellular release of nerve growth factor in the rat cerebral cortex. J Physiol Sci. 57: 383-387, 2007 (PMID: 18028583)
8. Hotta H, Kagitani F, Kondo M, Uchida S. Basal forebrain stimulation induces NGF secretion in ipsilateral parietal cortex via nicotinic receptor activation in adult, but not aged rats. Neurosci Res. 63: 122-128, 2009 (PMID: 19059440)
9. Guo L, Yeh ML, Cuzon Carlson VC, Johnson-Venkatesh EM, Yeh HH. Nerve growth factor in the hippocamposeptal system: evidence for activity-dependent anterograde delivery and modulation of synaptic activity. J Neurosci. 32: 7701-7710, 2012 (PMID: 22649248)

作成者

内田さえ

Update 20130116

このページのトップへ