財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団 東京都老人総合研究所
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老年病のゲノム解析研究チーム

 研究テーマ:

高齢者脳ゲノム 



 

A. 通常業務

1) 高齢者ブレインバンクの創設

 アルツハイマー病・パーキンソン病をはじめとする、老化に伴う神経疾患は病気の原因が分かっておらず、予防や進行防止の手がかりはまだ得られていません。この解明には、これらの病気にかかりなくなられた方の脳を直接調べることが必要であることは当然であり、欧米においては患者様と医療関係者、研究者が一体となって、living willに基づき死後疾患脳を用いその病気の研究を行うことが一般的となっています。その目的で、脳を-80oCで凍結保存するシステムを構築することが国家のプロジェクトとして行われており、このシステムはブレインバンクと呼ばれています。脳死臓器移植のドナーカードと同様、患者様がブレインバンクドナーカードを保持し、亡くなられた時にはできる限り早く関連施設で剖検を行い、脳を凍結し、それを中央管理するシステムです。最も有名なのがオランダのブレインバンクで、年間150例ずつ蓄積されており、現在1,000例以上に及んでおり、その65%がアルツハイマー病です。そして、日本をはじめ、世界中の研究者にこの資源を供給し、前述した難病の解明に貢献しています。全米には350のブレインバンクがあり、日本の厚生労働省にあたるNIHの資金的援助を受けています。またEuropean Communityでもブレインバンクネットワークが構築されており、英国では「次世代のために献脳を"Brain Donation for Next Generation"」という運動が展開されています。

 一方日本においては、福島医大精神科が、統合失調症(精神分裂病)の患者様と家族といっしょに、このブレインバンクを構築し、ブレインバンクドナーカード を発行しておられるのが唯一の試みです。ほとんどの日本の研究者は、大きな大学が自分で集めた凍結脳に依存するか、海外のブレインバンクの供給を受けるかのいずれかの方法しかなく、若い新進研究者にはヒトの脳材料を用いた研究が無理な状況が続いています。

 私たちの施設は、およそ30年間にわたり、医師スタッフと、患者様並びにそのご家族との良好な関係のもと、毎年日本最大数の剖検脳を検索してきました。これらは在宅高齢者を対象としている結果、正常群・境界群・病的老化群のすべてを網羅しており、欧米のブレインバンクが正常群と病的老化群しか蓄積していない点を補なえる可能性があります。

 村山・齋藤は、ブレインバンクを当研究所に創設することを最大の目的としています。センター倫理委員会との話し合いを積み重ね、脳の凍結材料を保存し、老化疾患の解明をめざすことを一歩一歩進め、2001年7月よりは、欧米のブレインバンクの標準である半脳凍結保存を行っています。剖検同意書に、分子遺伝学的検索を含む研究目的に用いることを明記することで文書同意を確実にしています。また個々の研究について、医療センター・研究所両方の倫理委員会で承認を受け、共同研究者が他施設の場合は、その施設での倫理委員会の承認も受けることを前提にしています。

 現在、東京大学・大阪大学・理科学研究所・国立精神神経センター等、日本を代表する老化研究者と共同研究を組織し、老化克服にむけて日夜邁進しています。

 篤志で献じられたものは公共のものであり、公共の福祉に貢献するかたちで運用しなければならないという、アイバンクに代表されるような臓器移植の精神と全く同じことが、ブレインバンクにも言えます。老人研の機構改革に伴う研究グループ評価において、外部・内部評価委員とも高い評価を与えて下さったのは、この精神がご理解いただけたものと考えております。日本は未曾有の高齢者社会の到来を迎えようとしています。老化に伴う運動・認知機能の低下を少しでも予防し、すこやかな老いをむかえることができるよう、今後も貢献していきたいと考えております。

2) 高齢者臨床神経病理データベースの構築

 私たちは、センターの全剖検例の神経病理学的最終診断をまかされている結果、すでに7,000例以上にわたる症例を蓄積しています。これらの患者様の臨床記録は、センターが全例保存をおこなっています。これらの臨床情報のレジメ・放射線画像(CT、MRI等)と最終病理的所見及び診断をデータベース化することで、ひとりの患者様の医療情報を縦断的に参照することが可能となり、個々の症例から学んだ点を、次の医療にむすびつけていく基礎資料となります。

 神経病理学的には、鍍銀染色、免疫組織化学、超微形態、大切片等の先端的技術を駆使し、国際標準にのっとった先進的診断を行い、診断基準の提唱をめざしています。

 現在、DNAが蓄積されている最近1,500例について、データベース化が完成しています。これは、DNAと詳細な臨床神経病理学的所見の対応が可能という意味では、世界最大数の規模です。この資源を使い、老化・ 認知症のメカニズム解明に貢献したいと考えております。


B. 研究テーマ

3) 軽度認知障害(mild cognitive impairment以下MCI)の前方視的・後方視的研究

 MCIは、もの忘れがあり、他のぼけ症状はないけれど、生活に困っている人たちをさし、認知症予備群として、その原因の解明、治療的介入による 認知症への進行の予防が極めて重視されていますが、万人が納得する診断基準はなく、全貌は明らかになっていません。

 私たちは、もの忘れ外来を受診した方に、簡単な知能検査(Mini-Mental State Examination)でスクリーニングし、必要に応じ、MRI検査、脳血流シンチグラフィー(SPECT)、脳波の順に検査を行い、MCIの可能性ありと診断された方に、文書同意のもと、アルツハイマー病の診断に現在最も鋭敏とされている、髄液の生化学的検査(タウ、アミロイドベータ蛋白の定量)と、アルツハイマー病の危険因子であるアポE多型を検索します。さらに、SPECTで判断がつかない症例には、PETを行います。以上の方法で、アルツハイマー病初期と考えられる人たちには、コリンエステラーゼ阻害剤による治療を行い、その前後で臨床症状の変化を評価します。この評価に、新しく翻訳された、リバーミィード行動記憶テストという、これまでの記憶テストよりは短時間で行える検査を採用して行います。それ以外の方々については、記憶障害のリハビリテーションを指導し、継続して外来で拝見させていただきます(前方視的研究)。

 また、先ほど述べました7000例の中から、病歴よりMCIに該当すると考えられる症例を選び出し、認知症例・正常例と対比し、その病理学的背景を明らかにしていきます(後方視的研究)。

 このように後方視的検討より抽出された知見をもとに、前方視的にフォローしている人たちの臨床診断を試み、それぞれの疾患に最適の治療的介入を試みます(前方視的・後方視的研究の結合)。

 このプロジェクトは、厚生省長寿科学事業の研究費援助を受け、当センター神経内科・リハビリテーション部門を中心に、国立精神神経センター武蔵病院ものわすれ外来、東京大学医学部附属病院精神科、国立療養所静岡神経センター神経内科、国立療養所東京病院神経内科、国立療養所下志津病院神経内科・横浜労災病院神経内科・亀田総合病院神経内科の賛同を受け、多施設で行 いました。その後、高齢者認知障害の長期的研究に主座を移し、継続中です。

4) アルツハイマー病動物モデルの作製

 私たちは、ヒトの脳から得られた知識を、動物実験系に移して確認する努力を常に行っています。これは、ヒトは一人一人余りに違うので、それを単純な系に移し確認する作業がどうしても必要だからです。C型ニーマン・ピック病(NPC)は、コレステロール代謝障害をきたすヒトの疾患ですが、幼少期より、アルツハイマー原線維変化という、アルツハイマー病の時にでてくるものを同じものが出てくることが知られていました。また、ベータアミロイドというアルツハイマー病のもうひとつの重要な構成要素が蓄積するというデータも示されていました。私たちは、この病気に、アポE遺伝子多型中アルツハイマー病の危険を増大するとされているE4多型遺伝子をふたつ持っているNPCの症例は、神経原線維変化だけでなく、老人斑も伴うことをはじめて明らかにしました。NPCのモデルマウス、E4多型遺伝子を導入したマウスの両方が、今手に入ります。これらのマウスとかけあわせて、両方の遺伝子を持つマウスを作れば、アルツハイマー病のモデルになるのではないかと、今研究をすすめています。

5) 高齢者タウパチープロジェクト 

 これまで、ヒトの中枢神経系の老化変化としては、老人斑に代表される、アミロイドβ蛋白(A )の蓄積が、タウの異常リン酸化を惹起して、神経細胞内に神経原線維変化を形成し、神経細胞死に至るとする、アミロイド仮説に基づくアルツハイマー病(AD)変化が、セントラルドグマとされてきました。しかし、タウ遺伝子変異による、第17番染色体に連鎖した、パーキンソン症状を伴う前頭側頭葉型痴呆の発見により、タウの異常沈着( タウパチー)が単独で認知機能障害を引き起こすことが明らかとなりました。当施設は地域在宅高齢者を対象とした総合医療機関で、中枢神経疾患の有無にかかわらず開頭剖検を積極的に推進してきた結果、1972年からの連続開頭剖検例は6,632例(2004.10.15現在)に達し、うち1995年1月からはDNAを保存(同1,431例)、2001年7月からは半脳を凍結保存(同361例)しています。これら高齢者連続剖検例においては、 タウパチーがA 蓄積を凌駕する症例が多数認められ、認知症例での頻度はADに匹敵します。私達は、これらを高齢者タウパチーと総称しています。高齢者 タウパチーは、嗜銀顆粒性疾患群(argyrophilic grain disease以下AGD)、神経原線維変化優位疾患群(neurofibrillary tangle predominant disease以下NFTD)、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy以下PSP)群に分類されます。我々はこれまでに、DNA保存連続開頭剖検例の検討から、AGDの認知機能障害の責任病巣を同定し、進展ステージ分類を提唱しました。現在、NFTDとPSP群についても、同様に認知症の責任病巣の同定とステージ分類を試みています。高齢者 タウパチーは加齢とともに頻度が増すので、当施設100歳以上の50連続剖検例についても、詳細な検討を加えることにしています。これらの後方視的研究で得られた知見を、臨床例に前方視的にあてはめることで、AD群、パーキンソン病(PD)群とは異なった、新たなヒト中枢神経系老化の概念をうちたてるのが、本研究の目的です。

参考:老化におけるタウパチーの臨床分子神経病理学的研究 (短期プロジェクト研究、2000〜2002年度)

6) 百寿齢プロジェクト

 我々の施設の有する百歳以上の症例の剖検例は47例で、世界最大数です。これらの方の示しておられる脳の所見は、なぜ長寿を保てたのかの手がかりを提供してくれる可能性があります。

 私たちは、これらの方々の標本を新たな方法論で再度検討をしています。それらの結果から、長寿の秘訣を導き出すことができるのではないかと考えています。

7) 変形性頸椎症プロジェクト

 変形性頸椎症(cervical spondylosis)とは、首の骨の老化性変化にともない、脊髄及び、そこから出てくる神経が圧迫されて出てくる症状で、神経内科の外来においては最も頻度の高いもののひとつです。しかしそれがどのような構造の変化によっておきてきているのか、骨の老化が脊髄や神経をどのように圧迫しているのかは、亡くなられた患者様のその部分を詳しく調べて検討することが不可欠です。しかし、頸椎症でなくなることはないし、脊髄をそのようなかたちで丹念に調べることはとても大変ですので、あまり研究が進んでいません。また、直立歩行・長寿というヒトの特質に起因しているので、動物ではきりんくらいにしかなく、動物モデルをうまくつくれないことも、研究を困難にしています。我々のグループでは、センターと協力し、亡くなられて病理解剖の承諾が得られた方全例の頚髄と頸椎を詳しく調べています。また、センター神経内科グループと私たちの合同のブレインカッティングカンファランスで、一例ごと丹念に、その方の呈しておられた臨床症状、レントゲンなどでどうみえたかということと、病理(かたちが正常からどのようにかわったか)の関係を、詳細に検討しています。これは世界的にも類を見ない試みであり、ここから得られる情報は、頸椎症という病気の性質を明らかにしていく上で、極めて重要な情報を与えてくれるものと考えられます。これまで3年間の400例近い症例の検討で、高齢の方の4人に1人は頚髄に損傷を持っておられることが明らかとなりました。

8) ゲノム神経病理の創設

 人間の遺伝子には、血液型に代表されるごとく、ほんの少し表現型のちがう、多型と言われる現象が存在し、その多型により、疾患の発症頻度や薬剤の効き方が異なることが注目されています。私たちは、前述したように1995年より全剖検例の遺伝子を蓄積し、詳細な神経病理学的所見との対応を行っており、現在までの蓄積数は1500例に及び、これは連続剖検例としては世界最大の資源です。現在文書同意と老人医療センター・老人総合研究所倫理委員会の承認のもと、遺伝子多型と神経病理学的所見との関係を積極的に検索しています。私たちは、アルツハイマー病の危険因子として注目されているApoE、E4多型が年をとると大脳に蓄積してくるアミロイドベータ蛋白よりなる老人班と呼ばれる構造の密度とは全年齢で強く相関しますが、神経原線維変化と呼ばれる、タウ蛋白という細胞骨格関連蛋白が異常リン酸化し凝集したものよりなる、アルツハイマー病の細胞死と最も関連があると考えられている構造の密度とは、高齢者においては相関しないことを明らかにしました。これは、アミロイドベータ蛋白の出現とタウ蛋白関係をみていく上で、重要な示唆に富む知見と考えます。今後さらに多くの遺伝子多型 の組み合わせと脳の病理所見との関連をみていく予定です。

9) 頭蓋内動脈硬化プロジェクト

 私たちは1974年より28年にわたり、頭蓋内動脈硬化の半定量化を全剖検脳にわたって行ってきました。一方センター循環器科では研究所と共同し、冠状動脈についても同様の半定量化を行ってきました。冠状動脈は、外頚動脈をはじめとする頭蓋外動脈の硬化と非常によく相関することが分かっており、頭蓋内・外の動脈硬化の時間的推移について、剖検例を用いて解析することが可能です。これに加え、一例一例丁寧に血管障害の分布を肉眼的並びに組織学的に検討していますので、この推移が血管障害の疾患構造の年次変化にどのように関与しているかをみることが可能です。これまでの検討で、近年頭蓋内動脈硬化は軽快傾向にあるが、頭蓋外動脈硬化は不変であること、高齢化がやはり危険因子であることより、致命的な脳出血・脳梗塞が減少した反面、脳の外の血管から血の塊が飛んで来て血管がつまる塞栓が増えていることが分かりました。このデータは、日本全体の脳血管障害臨床に関する予防・治療に関わる重要な基礎的データを提供するものと考えられます。

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2005/05/31
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