■糖鎖は多細胞生物の母
私たちの体の細胞は、タンパク質や脂質に結合した「糖鎖」で密に覆われている。こうしたことから、糖鎖は細胞と細胞が互いに接触した時に、相手が何かを認識する役割を持つと考えられる。最も原始的な多細胞生物であるカイメンは、細胞どうしが互いを特異的に認識しあって結合したものであることが、20世紀初めにH. V. Wilsonにより見つけられた。その後、実に90年経た20世紀末になって、カイメンは細胞どうしが糖鎖と糖鎖、糖鎖とタンパク質の相互作用によって結合し個体を作り上げていることが明らかとなった。もし糖鎖が存在しなかったら、生命は多細胞生物へと進化できず、私たちヒトも存在しなかったであろう。
さて糖鎖とは、ブドウ糖などの糖が幾つも結合した分子である。植物のセルロースのように、糖が3,000〜10,000個結合した巨大な分子で、地球上の生態系で年間数百億トンも合成されるものから、血液型のA, B, O-型抗原のようにわずか2-3個の糖で作用し、生体には微量しか存在しない糖鎖もある。核酸やタンパク質が直線状の分子であるのに対して、タンパク質や脂質に結合している糖鎖は枝分かれし、多様な構造をとることができる。
■糖鎖は細胞のコミュニケーションを司る
私たちの細胞で作られる多くのタンパク質には糖鎖が結合しており、糖鎖はタンパク質を水溶性にしたり、安定性を決定したりしているだけでなく、タンパク質の立体構造を作るところにも関与していることが知られてきた。また細胞表面の糖鎖の構造は時々刻々と変化し、動物の発生・成長・老化の様々な場面で、細胞間のコミュニケーションを司る「言葉」として重要な役割を演じていることも明らかとなってきた。
例えば、マウスの胎児で、ある糖鎖を作る遺伝子を働かなくしてやると、臓器の形成ができず死亡するが、同時に心臓の大動脈が右巻から左巻に反転するなどの、いわゆる体の左右非対称性が崩壊することが知られている。またタンパク質に付く前の糖鎖の合成に異常が起こると、タンパク質への糖鎖の付加が十分行なわれず、知能の発達が遅れたり歩行が困難になったりするなどの神経性疾患(CDG)が生じることも見つかってきており、この数年でタンパク質に結合した糖鎖には、想像以上の機能が潜んでいることが明らかとなってきた。
老化のプロセスにおいても、糖鎖の構造が変化していることが証明されつつあり、ここでも糖鎖が何らかの機能を果たしていることが想像される。糖鎖がこうした重要な機能をもつにもかかわらず、どのようなメカニズムで作用しているかは、ごく一部を除いて明らかでない。