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公開講座

言語能力の加齢変化

財団法人東京都老人総合研究所
言語・認知部門研究員 伏見 貴夫

1. コミュニケーションと言語能力

 「コミュニケーション」とは、おおざっぱにいって、感情・意思・知識・考えなどを伝えあうことです。またそれだけでなく、互いの感情や考えについて理解が深まり人間関係が確立されてゆく過程をも含め、コミュニケーションということがあります。一方、コミュニケーションの手段には、音声や文字、言葉の抑揚や身ぶり・表情などいろいろなものがありますが、言葉が重要な役割を担っています。高齢者とのコミュニケーションを円滑にし、世代間の理解を深めてゆくためには、ちょっと遠回りかもしれませんが、まずコミュニケーションの基礎となる言語能力の加齢変化について知っておく必要があります。

2. 言語能力とは

 言語能力とは、ひとくちにいって、「話す・聞く・読む・書く」ことに関する能力です。またこの4つに共通しているものとして、単語の知識である「語彙」、文の知識である「文法」についての能力があります。言語能力をひとつのものと考えず、細かく区切って見てゆくと、言語能力の加齢変化にもさまざまな現象が見いだせます。きょうはここに挙げたもののうち「話す・聞く・読む・語彙」を例に挙げ、加齢変化のトピックを紹介したいと思います。

3 話す

 会話の最中、言いたいことははっきりしているのに言葉がでてこないことがあります。このような現象を、言葉を喚起するのが難しいという意味で「喚語困難」と呼びます。喚語困難は、固有名詞、特に人の名前を思い出そうとするときによく起こりますが、時として、物や事柄を表す普通の名詞、名詞以外の言葉でも思い出せないことがあります。

 加齢にともない喚語困難に陥ることが多くなります。ある調査では20才の若年者ではひと月あたり平均3.9回の割合で喚語困難が起こるのに対し、40才では 5.4回、才では 6.6回になるという結果が出ています。どの年齢でも人の名前を忘れることが最も多いのですが、高齢者では昔の知り合いの名前が思い出せないということが多いようです。加齢にともない最近会っていない知り合いの数も増えますから当然のような気もします。しかし有名人の名前を尋ねる検査でも、「知ってる」と答える割合は高齢者と若年者で差がないのに、そのうち名前が言える割合は高齢者の方が低いというデータもあります。どうやら加齢にともない言葉を思い出すこと、そのなかでも人の名前を思い出すことが特に苦手になるようです。

4. 聞く

 加齢にともない耳の聞こえ(聴力)が徐々に低下します。しかし、誰もがいわゆる「老人性難聴」になるのではなく、65才以上でも4人に1人の割合です。難聴になると言葉の聞き取りが悪くなりますが、どんな言葉でも同じように聞き取りにくくなるわけではありません。出現頻度の低い低頻度語の聞き取りが特に悪くなります。

 しかし、低頻度語が聞き取りにくいといっても言葉そのものが失われるわけではありません。聴力が正常な若年者や高齢者でも音声に雑音を加えると、老人性難聴の方と同じく、低頻度語の聞き取りが低下します。老人性難聴による低頻度語の聞き取り低下は、聴力損失による副次的なものです。

5. 読む

 日本語には仮名と漢字があります。仮名は平仮名・片仮名とも文字数が約80で読みもほぼ決まっていますが、漢字の文字数は日常よく使うものでも約2000字もあります。読み方もいろいろで、例えば「家」という字は「家庭・家来・家柄・家主」など熟語によって読み方が異なるので、熟語ごとに読みを覚えなければなりません。そのため漢字熟語の読みやすさは、熟語の出現頻度や個人の読書経験によって異なってきます。読書経験を直接調べるのは難しいですが、地名・人名についての知識や言葉の意味を尋ねる言語検査により、ある程度推測することができます。 この言語検査得点の高い人、低い人をそれぞれ20才の若年者、70才の高齢者から募り、漢字熟語の音読および黙読の速さを測定すると、発声運動を含む音読の速さでは若年者が勝りますが、黙読の速さは同じくらいになります。また若年者・高齢者のどちらでも、言語検査の得点が低い人は黙読が遅く、出現頻度の低い熟語が特に苦手です。

 漢字熟語のように個々の単語の知識が重要な場合、少なくとも70才くらいまでは加齢による黙読能力の低下はほとんど認められません。年齢より日頃の経験が決め手となるようです。

6. 語彙(ごい)

 先ほど、言葉を喚起する能力、すなわち喚語能力は加齢にともない衰えるという話をしました。ところが、高齢者の話を聞いていると「ずいぶん難しい言葉や最近では使わなくなった言葉まで、よく知っているな」と感心させられることがあります。言葉を思い出す力は衰えても、知っている言葉それ自体、すなわち語彙は失われないのかもしれません。

 喚語能力に左右されないように語彙数を調べるには、単語を見せて、見たことがあるかどうかを尋ねる方法を使います。単語のリストの中にはさまざまな出現頻度の単語が含まれており、低頻度語に対し「見たことがある」と答える人は語彙数が大きいと推測できます。さらに、回答の正確さをチェックするために、リストの中には実際にない言葉、すなわち非単語も混ぜ、非単語に対しては「見たことがない」と答えるように指示します。この方法で20才の若年者と70才の高齢者の語彙数を推定すると、高齢者は若年者の 1.3倍の言葉を知っていることがわかります。

7. 最後に

 言語能力の中でも、喚語は40才ですでに低下し始めるのに対し、黙読は70才になっても若年者と変わりません。また語彙数にいたっては加齢にともない増大してゆきます。言語能力の中にも低下するもの、保たれるもの、上昇するものがあるようです。さらに音読や聞き取りの場合のように、発声能力や聴力の低下により、言語能力があたかも衰えるように見えることもあります。

 言語能力の加齢変化の実態、およびその多様性の原因についてはまだよくわからないことがたくさんあります。しかし、それを把握し理解してゆくことは「お年寄りのコミュニケーションを考える」うえで重要な役割を果たすことになるのではないのでしょうか。


伏見 貴夫(ふしみ たかお)
京都大学卒業。理学博士。高齢者や若年者の言語に関する研究、失語症の言語障害・リハビリテーションに関する研究に従事。主な著書に「コミュニケーション行動の機能的分析」小林重雄編『障害児者のコミュニケーション行動獲得に向けて』学苑社、などがある。


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2002/11/26

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