歩けることは健康の素
財団法人東京都老人総合研究所
地域保健研究室長 新開省二
「しっかりと歩ける」ということが高齢期の健康にとっていかに大切なことか、また、そうした歩く力をいつまでも維持するにはどうしたらよいか、の二点を中心に話したいと思います。「しっかりと歩ける」かどうか、つまり歩行能力の程度は、高齢者の場合は「歩く速度」を測定するとわかります。たとえば、できるだけ速く歩いてもらった時の速度(最大歩行速度)や、ふだん歩いている時の速度(通常歩行速度)をはかるわけです。それらの測定値がよい高齢者ほど歩行能力が高いとみることができます。
東京都老人総合研究所が行っている長期プロジェクト「中年からの老化予防」においては、高齢者の歩行能力と健康との関連が詳しく研究されています。当初1992年に、ある地域に住む65歳以上の高齢者約750人を対象にして、一人ひとりの歩行速度が測られました。大部分はふだん日常生活を支障なく送っていた健康な高齢者でしたが、測定された歩行速度は年齢や男女のほか、個々人の間でも大きな差がありました。そこで、歩行速度は性別、年齢別に、「遅い」、「やや遅い」、「やや速い」、「速い」の4つに分類されました。その後、対象者の方々の健康状態が長期間にわたって調べられました(調査は現在も続いています)。最近になって、1992年に測定された歩行速度の程度とその後の健康状態の変化との関係がつぎつぎに明らかにされてきました。詳細は講座の中で示しますが、結果を要約すると、まず、歩行速度の速かった高齢者ほどその後の死亡率が低いことがわかりました。「遅い」郡の死亡率を1とすると、「速い」郡のそれは0.17しかありませんでした。また、からだの障害の発生が少なく寝たきりになりにくいということもわかりました(「遅い」郡に発生率を1とすると、「早い」郡のそれは0.30)。さらに、歩行速度の速かった高齢者は、生活機能が維持され日常生活を支障なく送れる期間が長いこと、転倒の発生率低い(転びにくい)ことなど、おしなべて健康問題の発生が極めて低いことがわかりました。
高齢期は「元気で長生き」(サクセスフルエイジング)を健康の目標にしたいものです。「元気で長生き」するためには、転倒やからだの生涯を予防し、寝たきりにならないようにすることが肝心です。ですから、これらの結果は、ふだんからしっかりと歩けるよう力を養っておくということが、「元気で長生き」するための重要な条件であることを明示していると言えましょう。もちろん、高齢期にはだれもが「しかっりと歩ける」というわけには行かなくなってきます。先ほどの話にもあったように、老化によって少しずつですが、歩く歩幅が小さくなり、歩く速さが遅くなってきます。また、これまでの無理がたたって腰や膝を痛めている高齢者も多く、この場合は歩くときに痛みを伴うので、どうしてもゆっくりとした歩行となり、歩くこと自体が億劫になることもあるでしょう。さらには、脳卒中などの病気を起こすと、体が思うように動かせず、歩くことをあきらめる人も出てきます。このように高齢期には、老化、これまでの生活の過ごし方、病気などの影響を受けて、歩く能力がしだいに低下してきます。しかし、歩く能力が低下してきたからといって、歩かなくなるのは逆効果です。「廃用症候群」(使わないと働きが落ちてくる)から足腰が弱り、ついには立つことすらできなくなります。
そこで、研究所ではこれまでの研究成果をもとにして、健康な高齢者から虚弱な高齢者までを対象にした「元気で長生き」のための体力づくりのガイドラインを作成しました。要点を紹介しますので、これを参考にして、元気な方も少し足腰が弱ってきたと自覚している方も、いつまでも歩く力を維持して「元気に長生き」をめざしてください。
1 家の中に閉じこもりがちになると、足腰が弱ります。積極的に外出する機会をみつけ、よく歩くようにしましょう。
2 65〜74歳の高齢者や、体力に自信のある高齢者は、外を散歩するときに、ふだんより少し速く、また大股で歩くことを心がけましょう。自然に背筋を伸ばし、腕を大きく振って歩くようになります。速足ウォーキングは、歩行能力の予備力を高めるのに有効です。
3 75歳以上の高齢者や、体力水準が比較的低い高齢者においては、歩く速度をあまり気にせず、ふだん歩いているペースで歩きましょう。一日に歩く歩数は、男性では6,000歩、女性では5,000歩程度を目標にしましょう。
4 足腰の弱った、いわゆる“虚弱高齢者”については、下肢の筋力やバランス能力を高める体操が必要です。これを自宅でできるようにしてください。転倒や骨折の予防、さらには生活能力の向上につながります。
(東京都老人総合研究所「サクセスフルエイジングをめざして」P.39より)
新開省二
愛媛大学大学院医学研究科修了。医学博士。愛媛大学医学部助教授(公衆衛生学)を経て平成10年より現職。この間(平成2〜3年)カナダ・トロント大学に文部省在学研究員として留学。主な著書に、「健康増進・病気予防の基礎と臨床」(ライフ・サイエンス・センター)(共著)、「老いのこころをひらく」(ぎょうせい)(共著)他。その他論文多数。上原記念生命科学財団研究助成など受賞。日本老年社会科学会、日本体力医学会、日本衛生学会の各評議員や、厚生省老人保健課「健康度評価・健康教育ワーキンググループ」委員を務める。

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