寿命をのばす遺伝子−線虫の研究から−
財団法人東京都老人総合研究所
アイソトープ部門 研究員 本田修二
1 寿命は遺伝子によって決まる
ヒトは120歳位まで生きることができます。
3年前に亡くなったカルマンさんというフランスの女性は122歳まで生きました。彼女は、少女時代に画家のゴッホと交遊があったそうです。寿命は栄養や衛生状態・医療・運動・ストレス・睡眠などの生活環境に大きく影響されますから、カルマンさんは最善の生活環境で暮らしてきたと考えられます。しかしそれだけではなく、120歳位まで生きるための遺伝子をしっかり持っていて、生活環境も遺伝子も優等生だったと考えられます。いったい120歳まで生きることができるために何の遺伝子を持っていたのでしょうか? そもそも寿命を決めるための遺伝子はあるのでしょうか?
将来、遺伝子診断によってこういったことが分かるようになれば、若いうちから薬を飲んだり、生活習慣に気を付けるといった方法で、老化を遅らせ健康で長寿を目指すということも決して夢ではなくなるかと思います。しかし、10万個とも言われているヒトの遺伝子の中から寿命を決める遺伝子を見つけだすのは至難の業で、これは21世紀に持ち越された難しい問題です。
ヒトで未解明の問題はまず実験動物で行い、その成果から糸口を見つけるのが常套手段です。その中でよく使われるのがネズミですが、ネズミの寿命はおよそ3年で、遺伝子は数万個あると考えられますから、遺伝子全てを調べるには莫大な広さの施設、多数のネズミが必要になり決して易しいことではありません。
2 線虫による老化研究
そこで注目されたのが、「C.エレガンス」という学名の線虫です。体長が1mmで、約1,000個の細胞からなる小さな動物で、通常土の中にいて、バクテリアを食べて生きています。寄生はしません。肉眼でも何とか見られますが、観察には顕微鏡を用います。寿命が3週間と大変短いため、容易に測定できます。
また、線虫のゲノムプロジェクトは、1998年に既に完成しており、この結果から、線虫は約19,000個の遺伝子を持っていることが明らかになっております。そして、世界中の多くの研究者が、寿命の決定に関与している遺伝子を次々と調べています。
3 線虫の寿命をのばす遺伝子変異:ゲノムに書かれた寿命の設計図
最初に見つかった寿命を決定する遺伝子を、加齢遺伝子の1号ということで「エイジ1」と名付けられました。この遺伝子が変異すると線虫の寿命が2倍以上に長くなります。このような寿命に影響を与える遺伝子が次々に分かってきました。そして、それらの遺伝子どうしがどういうつながりを持って、どのように働いているか(ゲノムに書かれている寿命の設計図)が明らかになりつつあります。これらの研究によると、寿命に影響を与える遺伝子群は3つに分類されます。
(1)ミトコンドリアのクロック(時計)遺伝子
一つは身体の活動を制御する遺伝子群です。
線虫には様々な規則的活動が観察されます。例えば、規則正しい頻度で餌を食べたり、脱糞もリズミカルに行ったりするなどです。これらの身体活動のリズムを制御する時計の役割を持つ遺伝子を「クロック(時計)遺伝子」と呼び、これが変化すると寿命がのびます。身体活動と寿命は密接な関係を持ちます。
(2)神経・内分泌システムによる情報の伝達に関わる遺伝子
2つ目の寿命に影響を与える遺伝子群は、外部環境からのストレスを察知した時に、その存在をいち早く身体の隅々に伝え、適切に対処する過程に関するものです。このための多数の遺伝子群がネットワークを形成して働いており、老化を防ぐための重要な鍵になっています。
(3)活性酸素から身体を守る遺伝子
3番目の寿命を規定する遺伝子群は、活性酸素の消去に関する遺伝子です。
細胞が、生命活動を活発にするためのエネルギーを作る過程で、細胞の構成成分中の遺伝子DNAやタンパク質、脂質などを酸化して損傷を与えてしまう活性酸素が漏れ出てしまいます。この損傷の蓄積が老化を速めてしまうと考えられるため、活性酸素を減少させて細胞の損傷を防ぐ働きをしています。
これらの3つの遺伝子群が寿命を決める設計図として線虫のゲノムに書かれています。
4 ヒトの寿命
このような老化を防ぎ寿命を規定するシステムが、ヒトを含めた高等な動物でも似たような形で存在するか否かについては、今後の研究を待たなければなりません。ヒトが120歳まで生きるためには、線虫よりはるかに複雑な機構が働いていると考えるのは当然です。しかし、個々の遺伝子の配列は、線虫とヒトで非常によく似ています。ヒトで今まで調べられた遺伝子のうち、実に74%が線虫の遺伝子とよく似ています。将来ヒトのゲノムプロジェクトが完了したときに、今回ご紹介する線虫の遺伝子の研究成果が、ヒトの寿命・老化の機構を明らかにする上で大きなヒントを与えるものと考えます。
本田 修二 (ほんだ しゅうじ)
千葉大学大学院薬学研究科修士課程修了。薬学博士。昭和50年より東京都老人総合研究所アイソトープ部門研究員として現在に至る。この間(平成4年〜6年)、米国カリフォルニア工科大学ジェット推進研究所客員研究員。寿命を決める遺伝子の研究に従事。主な著書に、「老化のメカニズムを探る」月刊『医学のあゆみ』(医師薬出版株式会社)、「老化研究のフロンティア」月刊『細胞工学』(秀潤社)、訳書に「老化のバイオロジー」(Arking著、メディカルサイエンスインターナショナル)等。

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