定年後の経済、社会関係、そしてボランティア
財団法人東京都老人総合研究所
保健社会学部門 主任研究員 杉澤 秀博
1 中年期は老後に向けての準備の時期
人生50年といわれた時代には、仕事から引退したあとそれほど期間をおかずに多くの人が亡くなっていました。しかし、現在は、60歳で定年を迎えてもその後20年くらいの生活が残っております。つまり、仕事からの引退後の、いわゆる第2の人生をどのように過ごしていくかが問われる時代になっております。
仕事から引退した後の充実した人生を送るには、「健康を維持すること」「経済的ゆとりがあること」「家族関係が良好であること」「社会とのつながりがあること」などが必要です。本講演では、この中でも、「経済の問題」と「社会とのつながり」について考えてみたいと思います。すでに引退した人もここに参加していると思います。このような人は、自分の現在の生活を振りかえり、少しでもよりよい生活設計を考える材料にしていただきたいと思います。
2 仕事からの引退はストレスか?
本論に入る前に、引退後の男性をさして「粗大ごみ」「ぬれ落ち葉」など、仕事から引退した後の第2の人生は暗いという見方に対して、それが本当なのかを考えてみたいと思います。現状では、定年などの理由で仕事から引退することが高齢者の健康や生活にマイナスの影響があるか否かについては、はっきりとしたデータがあるわけではありません。私どもの調査では、仕事からの引退は、精神的な健康や社会関係にはっきりとしたマイナスの影響をもっていないことが示されております。個々の高齢者をみると、たしかに「粗大ごみ」「ぬれ落ち葉」のような人もいると思いますが、全体としては、一般に皆さんが思われているほど、職業からの引退は悪い影響をもっているわけではないようです。ただ、これは悪い影響がないというだけで、第2の人生を本当に楽しんでいるかどうかとは別のものです。
3 引退後の経済的基盤
皆さんは引退後、どのくらいの収入が得られるかをご存じですか。収入・貯蓄などの経済は健康や社会生活面に大きな影響を持っているため、引退後の生活を充実するには、経済的な基盤をいかに確保していくかが重要です。私どもの調査では、退職と女性の場合には配偶者との死別が、経済的に貧しくなる要因であることがわかりました。高齢者が就労するのは、生きがいのためであるといわれておりますが、年金収入だけでは経済的な基盤を確立できないため、生計を維持するために就労している高齢者が少なくないことが伺えます。女性の場合には、配偶者との死別後の経済基盤の確立が求められています。
4 引退後の人間関係
家族を除くと引退前の人間関係は、職場関係の人が多いのではないでしょうか。しかし、引退後は職場の人との関係が切れてしまいます。地域で新しい関係を築いていくことが必要となります。中には、引退後は人間関係の煩わしさから離れ、孤独に暮らしたいという人もいるかもしれません。しかし、私どもの調査では、健康面からみた場合に、友人や近隣とのつきあい、地域組織との関係が豊富な人ほど、身体的にも精神的にも健康であり、長生きです。日本では米国と比較すると、高齢者の社会関係の広がりは配偶者と子供という家族に限定されており、地域組織や友人や近隣まで広がっておりません。目を地域に転じてみると、東京では町内会や老人会などの伝統的な組織だけでなく、趣味の会など多様な高齢者のニーズに即した団体や組織が多くあります。一度覗いてみるといいのではないでしょうか。
5 ボランティアの重要性
高齢者は社会に対して負担をかけている存在としてみなされがちですが、実際には、仕事以外にボランティアとしていろいろなところで活動し、社会に貢献しております。たとえば、家の中では家事、地域では町内会の世話役、グループ活動の世話役などを担っております。高齢者の貢献がなければ、社会は円滑に機能していかないと思います。この活動を金銭換算すると、極めて莫大な金額にのぼります。私どもの調査では、このような活動は社会に対して貢献するだけでなく、高齢者自身の生活や健康の維持に対しても役立つことがわかっております。しかし、ボランティアといっても、どのように始めたらいいのか迷う方も多いと思います。一歩踏み出すには、1)どんなささいなことからでも始めることです。ボランティアというと何か大層なことのように聞こえますが、家の前の道路掃除もボランティアの1つです。2)上下関係の意識をもたないことです。特に男性は仕事上、上下関係のはっきりした社会で生活してきました。肩書きで生きてきているといってもよいかもしれません。しかし、ボランティアに参加する人はみんな平等です。3)地域には様々な活動があることを知ることです。区役所、社会福祉協議会などに行くと、どのような活動が行われているかがわかります。
杉澤 秀博(すぎさわ ひでひろ)
東京大学大学院医学系研究科保健学専門課程修了。保健学博士。昭和62年より現職。平成3〜4年、米国ミシガン大学に客員研究員として留学。主な著書に、「健康度自己評価に関する研究の展開」(共著)(「健康観の転換」東京大学出版)、「社会的紐帯と健康」(共著)(「新老年学」東京大学出版)、「人口学・経済問題」(「サクセスフル・エイジング」ワールドプランニング)他。その他論文多数。日本公衆衛生学会奨励賞、日本心理学会奨励賞、川井記念賞を受賞。

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