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公開講座

定年からの新しい夫婦関係 −新しい自分との出会い−

東京女子大学文理学部
助教授 岡村清子

 多くのサラリーマン夫婦は、結婚以来「夫は仕事、妻は家庭」という異なった世界で、異なった人間関係を作りながら生活をしています。妻が仕事をもっている場合でも、妻の生活は家庭中心です。定年はこれまでのような生活のあり方を変えてしまいます。

 定年は、高齢期の入口にあるライフイベント(人生上の出来事)であり、生活の再構成を迫ります。高齢期には、定年以外にも、病気になる、身体障害になる、配偶者や親しい友人と死別する、施設に入所する、といったライフイベントがあります。定年後の夫婦関係は、まず定年により影響を受け、自分や配偶者の病や身体障害によって介護問題が生じて変化し、配偶者との死別により夫婦関係が終焉するというプロセスを辿ります。平均的には、定年後の夫婦の期間は約18年、寡婦期間は約8年と示されています。このように、高齢期は不断に夫婦関係の変容を迫られますが、これは高齢期に限ったことではなく、結婚以来、夫婦関係の微調整をしながら発達課題を遂行して夫婦関係を存続してきており、また、大きな調整をした結果、別居や離婚に至ることもあります。

 高齢期の夫婦関係の難しさは、以下の6つにまとめることができます。

 その第一は、夫の職業からの引退はあっても、妻の主婦業からの引退がないことです。この差は、高齢期の自由時間が女性よりも男性が平均約1時間長いという結果になって現れます。

 第二は、これまで長い期間に培ってきた夫婦間の暗黙の勢力関係や意思決定などのあり方が定年や病気などによって変わらざるをえないことです。一家の稼ぎ手であった夫は無職となり家庭内での地位が低くなったり、病を契機に勢力関係が逆転することもあります。図1は、定年後に妻の発言力が強くなっていることを示しています。一方で、夫から妻への定年後のドメステック・ヴァイオレンス(パートナーからの暴力)や介護者である夫や妻から被介護者への虐待なども問題になっています。

図1どちらの意見がとおるか

 第三は、子育てのような夫婦の共通目標がなくなり、夫婦で一緒にいる必然性や同じ目標に向かっての共同行動が減少することです。

 第四に、各々の個室もない狭い住宅の中で、夫婦で一緒にいる時間が長くなることです。

 第五は、これまでの夫婦の歴史の中で、夫婦間の信頼感や共同性を乱した過去の事実を記憶から消し難く、何も無かったことにして新しい気持ちで向かい合うことが難しいことです。

 第六は、夫婦や家族についての価値観が若い世代では変化しており、結婚当時と大きく変わっているにも関わらず、夫婦の間で新しい価値観への適応にギャップが生じることです。

 これらの難しさは、夫よりも妻の方で感じていることが多いと思われます。わが国の夫婦関係の調査では、中高年層の夫婦間で情緒面でのギャップが報告されています。例えば、図2にみられるように一緒にいて「ほっとする相手」が、年齢が上がるほど男性では配偶者の比率が高くなり50歳代、60歳代では8割を越えるのに対し、女性では6割前後に過ぎません。なぜ、このようなギャップが生じるのか、その理由としてこれまでの結婚生活で女性が自分自身の人生を生きることが少なく、稼ぎ手である夫中心の生活を送ってきたことが上げられます。「やっとみつけた自分自身の生活が夫の定年後また壊されてしまう」という被害者意識かもしれません。

図2ほっとする相手

 そこで、これらの問題を夫婦で自覚して調整していくことが重要です。現在、若い世代を中心に夫婦関係が個人化しています。相手のことよりも自分のことを優先して考えていくという価値観は、男性が家族のことよりも仕事や趣味を優先するという形ではありましたが、女性にはあまりみられませんでした。このような考え方は、子供や要介護の高齢者などがいる場合には家庭が破綻しますが、高齢期の夫婦にとっては、取り入れたい考え方です。夫婦それぞれが個人の趣味や社会参加活動を行いながら個人時間や個人空間や友人関係を確保し、かつ夫婦の共同時間や共通空間をもつという関係です。既存の価値観で拘束し合う関係よりも生かし合う関係を作る努力が必要です。そのためには男性も生活自立をしながら自分たち夫婦の健康や自立度に見合った相互依存関係を作っていき、どちらかが痴呆症になった場合にも、自分たち独自の夫婦のあり方を模索していくことが求められます。


岡村 清子(おかむら きよこ)
千葉大学人文学部法経学科卒業。日本社会事業大学大学院修士課程修了。財団法人東京都老人総合研究所社会学部助手、研究員及び千葉大学法経学部助教授を経て、平成12年4月より現職。主な共編著に、『テキストブック エイジングの社会学』、『入門 職業とジェンダー』(何れも日本評論社)、論文に「配偶者との死別と生活適応−夫婦から寡婦・寡夫への役割移行」(社)日本家政学会編『変動する家族−子ども、ジェンダー、高齢者』(建帛社)など。


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2002/11/26

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