財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団 東京都老人総合研究所
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公開講座

地域における痴呆予防活動

財団法人東京都老人総合研究所
精神医学研究部門研究員 矢冨 直美

1 痴呆予防活動の意義

 誰しもが痴呆にはなりたくないと考えています。痴呆は充実した生活の障害となるからです。また、痴呆になると人の世話にならなければなりません。それが、社会的にも経済的にも重圧になります。もし、痴呆になるはずのひとりの人が、1〜2年痴呆になるのが遅れたら介護保険費用が数百万円浮くことになります。そして、もし、痴呆の予防が可能なら、それにかかる費用は痴呆の介護費用と比べると非常に安くすむはずです。このことは、これからの日本の高齢社会の経済的不安定さを考えると政策的にも重要な意味を持っています。


2 痴呆予防は可能か?

 さて、痴呆は本当に予防可能なのでしょうか。最近、欧米では、初期の痴呆や痴呆と診断がつく前の状態、さらには、正常の老化から病的な知的低下がおこりはじめる現象に研究の関心が移ってきています。軽度認知障害(MCI)や年齢関連記憶障害(AAMI)などということばでそれらが盛んに研究されるようになってきました。早く痴呆になる前の状態を見つけて早く対処しようというわけです。5年ぐらい前から、「Use it, or lose it」アプローチということばが使われだしました。「(機能を)使いなさい、さもないと、さび付いてしまいますよ」という意味です。最近の脳の研究や疫学的な研究から、脳の機能をしっかり使うことが、痴呆に対抗できる脳の機能を持てるのではないかという考えが出できたのです。脳はとても柔軟な働き(可塑性)を持っており、あるところに障害が発生しても別のところで補う(代償性)機能を持っているという考えです。痴呆予防は可能か?まだ答えはありません。希望はあります。傍証はたくさんありますが、本当かどうかを証明するのはこれからの研究にかかっています。


3 地域での痴呆予防の必要性

 痴呆予防の対象になる人たちは、ほとんど病院には来ません。その人たちは、まだ正常な人たちか、痴呆になりかけていても症状がほとんど日常生活に障害をもたらすほどのものではないからです。ですから、痴呆予防の対象になる人はほとんどすべてが地域に住んでいるのです。予防というのは病気の治療と違って、(1) 対象がはっきりしない、(2) 対象とすべきひとの数がとても多い、(3) 効果がわかりにくいということがあります。では、どうしたらいいのでしょう。(1) 対象がはっきりしないということに対しては、痴呆になりやすいリスクを抱えている人がどういう人かを明らかにする必要があります。この点について、最近の研究によってだんだんと知識が蓄積されつつあります。例えば、スウェーデンの研究では、一人暮らしで友だちや子供たちとの交流が少ない人たちは、痴呆を発症する率が非常に高いことが明らかになっています。また、痴呆が始まりかけている人にどんなことが起こるのかも、だんだんと分かってきました。例えば、日常生活はしっかりできていても、物忘れの自覚があって、実際に物覚えが悪くなっている人は、年率10%〜15%も痴呆になっていくことが分かっています。また、遺伝的に危険な人たちも検査で分かるようになってきました。このようなリスクの高そうな人を痴呆予防の対象に含めないと痴呆予防の意味は半減するでしょう。(2) 予防の対象の多さは、保健所や役所のマンパワーでは対処できません。住民が方法を学んで、自立的な活動としてやっていかないと手に負えない数です。そうした活動を立ち上げるためには、@ 知識の普及、A 住民の指導者の育成、B リスク者に参加を促す信頼関係を持った地域ボランティアの組織化、C 地域での活動場所の確保が欠かせません。また、D かかりつけ医との連携も必要でしょう。痴呆予防活動への参加を呼びかけると、健康意識の高い元気な高齢者が集まり、痴呆予防の最も必要なリスクを持った人たちは集まりにくいものです。都会では特に、近隣関係が希薄な上に価値観も多様なので、こうした人たちにいかにアプローチするかが非常に重要な問題となります。(3) 効果がわかりにくいということに対しては、痴呆予防の当事者からみれば血圧計のように自ら簡便に評価ができるような道具、また、行政の側からみれば、痴呆の発症率や医療費、介護費の軽減効果を評価できるような仕組みを作ることも大切だと思います。


4 地域における痴呆予防活動の条件

 痴呆予防活動を地域の自立的な活動として、効果あるものにするためにはいくつかの条件が必要だと思われます。(1) 痴呆予防活動は、住民の好みや価値観にあった楽しいものである必要があります。そうでないと活動に興味がもてず、脳の機能を使う動機づけが低くなってしまいます。(2) 参加する個人は痴呆予防が目的であることをしっかりと自覚していることが必要です。活動の楽しさばかりでは、脳の機能を鍛えるという目的から活動が逸脱していきます。(3) できれば、機能の落ちた人を機能の高い人が支える小集団で行うことがより長続きすることになります。小集団では人との関わりが密になり、そのことが互いに刺激しあって脳の機能を使う好条件を作ります。(4) はじめは専門的な知識を持つ人が指導できればよいでしょう。参加者が、活動の仕方を学んだり、リスクの高い人に対する受容の態度や接し方を学ぶために、大いに助けになります。(5)痴呆の初期に落ちやすい機能をしっかり使うためには、活動の内容は、ものごとを記憶したり、学習したり、計画したりするように、新しい情報処理を含んでいる活動が望ましいのです。


5 豊島区における痴呆予防活動の実際

 2000年6月より、東京都豊島区の一地域(65歳以上人口、1147人)を対象に、事前の実態調査、ボランティア資源調査を行って、痴呆予防活動に必要な情報を調査し、また講演会、講座を数度にわたって行いまいした。講座には、約180人が参加しました。その後、住民の希望の多かった運動・余暇活動を尊重しながら、太極拳、筋トレ、ウォーキング(運動プログラム)、園芸、パソコン、ミニコミ誌づくり、旅行、料理(余暇活動プログラム)を用意しました。各プログラムは専門的な立場から指導するファシリテーター(大部分は大学院生)と各分野のインストラクター(講師)で運営します。活動の前の8月末から9月にかけて、ベースラインのデータとして、153名に神経心理学的なテストと運動機能テストを行いました。データはそれぞれの参加者に結果をフィードバックしました。プログラムは10月からの説明会や勉強会を皮切りに11月から開始しました。3月末から4月にかけては102名に中間評価を行いました。

 代表的な結果の一部を紹介しましょう。記憶テストのひとつであるCCR(カテゴリーを手がかりとして単語を記憶・再生)と2つの前頭葉機能を反映するテスト、WF(動物、野菜、果物をできるだけたくさん想起する)とTMTのB形式課題(数字とひらがなを交互に探して線で結んでいく)のベースライン(1回目)と2回目の成績をグラフに示してあります。なお、グラフは、痴呆のスクリーニングテストであるMSSEの成績で別々に示しています。

 ベースラインの1回目の成績に対して、活動に参加した群も活動に参加しなかった群も2回目の成績はよくなっていました(TMTのB形式の遂行時間は値が低いほど成績がよい)。

 なぜ、非参加群までよくなったのかは分かりません。おそらくは、2回目には学習効果や慣れが考えられますが、1回目は検査の数が多くて、疲労ややる気をそいだりしてテスト同士が悪影響を及ぼしあったとも考えられます。記憶のテストであるCCRでは、あまり効果ははっきりしませんが、軽度の痴呆や軽度の認知障害の疑いがある人(MMSE26点以下)の方に効果がみられる傾向があります。また、2つの前頭葉機能を反映するWFとTMTでは、MMSE27点以上の人たちに、予防活動の参加の効果が伺われます。

 このような活動を続けることが、最終的には痴呆の発症率を下げるのかどうかを明らかにするためには、さらに多くの対象者で長い時間をかけて研究していく必要があります。


矢冨 直美(やとみ なおみ)
昭和47年東京都老人総合研究所心理学部精神医学研究室助手、昭和62年4月より現職。 高齢者等のストレス、老人福祉施設の入居者のケア・ウェルビーイング(幸せ、健康)、高齢者の痴呆予防に関する研究に従事。 主な著書に、「現代心理学への招待」(共、ミネルヴァ書房)、「施設介護の実践とその評価」(共、ワールドプランニング)


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2002/11/26

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