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公開講座

脳の高次機能の変化 −注意力は加齢のものさし−

財団法人 東京都老人総合研究所
心理学部門  権藤 恭之

1 始めに
 年をとるにつれて、「駅にある路線図がわかりにくくなった」「人の話していることが聞きづらくなった」と訴える高齢者は少なくないと思います。そして同時に、目や耳は年とともに悪くなるから仕方がないと考えておらられる方が多いのではないでしょうか。しかし、耳や目の老化だけではなく注意力の低下が物を見たり聞いたりするときの難しさの原因の一つであることに気が付いている方は少ないでしょう。

2 注意とは
 皆さんは、「注意力」、「注意」という言葉を「集中力」、「集中」とほぼ同じ意味で使っておられると思います。もちろん注意にはそのような意味がありますが、心理学では注意を少し異なった意味で使います。その代表的なものが、「選択的注意」というものです。たとえば、この文章を読んでいるとき、皆さんの注意は今読んでいる太い文字の部分のみに向けられ、すでに読み終わった文章やこの先に書いていある文章には向いていないことに気が付くでしょう。このように、選択的注意は、脳が処理するべき情報に対して選択的に焦点を当てるという働きをします。私たちの脳の情報処理能力には限りがあります。そのために、外界にある無数の情報の中から脳で処理するべき情報と処理する必要のない情報を取捨選択することが必要なのです。もし、複数の人からいっせいに質問を受けたときそれらをすべて理解できるでしょうか?選択的注意という仕組みがあるからこそ、脳は混乱することなくうまく情報を取捨選択し処理することが出来るのです。

3 注意と加齢
 では、加齢にともなって選択的注意の機能はどのように変化するのでしょうか。残念なことに選択的注意は加齢とともに低下すると考えられています。その理由ははっきりとはわかっていないのですが、2つの理由が考えられています。第1は、加齢に伴って情報処理の速度が遅くなるのと同じように、選択的注意も処理の速度が遅くなるために効率よく働かなくなるとする考えです。第2は、抑制の低下という考え方です。注目する必要のない情報に対して処理が行われないように抑える働きのことを抑制と呼びます。「選択的注意」は、注目する必要のある情報に焦点を当てるのではなく、注目する必要のない情報を積極的に無視することでその機能を実現していると考えられています。先にあげた文章を例で説明すると、実は太い文字の部分以外の文章も目に映り情報処理が行われています。そして、選択的注意の機能は太字に焦点を当てるのではなく、周りの関係ない文字に対して情報処理が行わないように働くことで太字を浮かび上がらせる仕組みを持っているのです。年齢とともにこの抑制が弱くなるために高齢者では選択的注意が衰えるのではないかと考えられています。

4 加齢に伴った選択的注意の低下をPETで見る
 私たちは選択的注意をしている時に人の脳がどのように働くのか、そして加齢に伴ってどのような変化が起るのかをPETを用いて確かめました。具体的には、図1に示すような2つの属性を持つ図形(たとえば、しま模様の三角形や、黒塗りの丸い形)を見てもらい、その中の一方の属性(しま模様や丸という形)のみに選択的に注意をむける状況を作ります。そして、そのときに脳のどの部位が働くかを若い人と高齢者で比較しました。選択的注意がうまく働いていれば、模様に注意しているときには形を、形に注意しているときは模様を無視することができ、無視するべき属性に対する情報処理が抑制されるはずです。実験の結果を見ると、高齢者は若い人よりも広範囲にわたって視覚的な情報処理を行う脳部位が活動していることが観察されました。この結果は、若い人は注目しなければならない属性だけに対してだけ効率的に情報処理を行っているのに対して高齢者では無視しなければならない属性に対しても不必要な情報処理をしていることを意味します。加齢に伴って選択的注意がうまく出来なくなっている原因として若年者と脳の働き方が異なっていることがPETの結果から推察されます。

  図1使用した刺激と属性

5 注意の低下と日常生活
 注意は日常生活で不可欠です。地図から目的地を探すときや、人ごみで友人を探すときにも選択的注意がかかわっています。皆さんは「物覚えがわるくなった」ことを年とともに記憶力が低下したためだと考えておられるでしょう。同様に「ものの見分けや聞き分けが悪くなった」り「駅にある路線図がわかりにくくなった」一因は選択的注意の低下が担っていることは、ここまでの話でおわかりになったと思います。日常生活で見えにくかったり、聞きにくかったりすることを感覚器の低下だとあきらめていませんか。加齢と選択的注意の研究では、探し出す目標がよく知っているもの、見慣れたものだと、加齢の影響は小さくなることが知られています。もし、異なる鉄道の路線図が同じスタイルで書かれていれば、すでに持っている地理的な知識を生かすことによって目的の駅を見つけることはずっと楽になります。これからは「注意」を意識して生活してみてください。すると、今まで気が付かなかった高齢者に対する世間の不親切に気がつくと思います。同時に、生活を快適にするためのヒントが見つかるかもしれません。


権藤 恭之(ごんどう やすゆき)
 関西学院大学大学院 博士課程修了。平成3年より現職。 高齢者の認知・注意の研究に従事、現在は東京都下の100歳高齢者の研究を行う。 主な著書に、「老年心理学」高齢者の知覚と注意;40〜50頁。 「新生理心理学3巻」『新しい生理心理学の展望発達 加齢と生理心理学指標:老年期の脳波;156〜165頁』。共に共著


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2002/11/26

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