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公開講座

パーキンソン病のしくみ

財団法人東京都老人総合研究所
自律神経研究部門 三浦正巳

概要
 複雑な動作に慣れることを「体で憶える」などと言いますが、これはどういうことでしょうか。私たちは無意識のうちに順序だった動作を憶えることが出来ます。それには脳の中の「大脳基底核」という部分が働いていることが解ってきました。そして、 この働きが悪くなる病気のひとつが「パーキンソン病」です。パーキンソン病のしくみと治療法を、臨床医学と基礎医学の両面から解説します。

1.はじめに
 パーキンソン病は中年以降に多くみられる疾患です。20歳から80歳以上と幅広い年齢層で発症しますが、50、60歳以降から急増します。最近の統計では全国の総患者数が12万6千人(平成11年度厚生労働省患者調査)、人口10万人あたり約100人となり、欧米の数字に近づいてきました。20年ほど前までは、日本人の有病率は10万人あたり50人といわれましたが、高齢化と診断技術の進歩が医療機関で治療を受ける患者数を増加させてきたと考えられます。パーキンソン病は主に体の動きが悪くなる疾患で、病気が進むと自立した生活が困難になります。しかし今日までの研究によって病気のしくみがよく解り、治療法も進歩しています。現在ではパーキンソン病患者と健常者の平均余命はほぼ等しくなってきました。私たちの社会は高齢化が進み、健康な高齢者であることがますます切実な願いになってきました。そのためには高齢者に多い病気の知識を持ち、正しく対応することが大切です。

2.パーキンソン病とたたかうための二本の柱
 パーキンソン病は臨床研究と基礎研究が上手く協力しあって治療成績を上げてきた疾患です。それは、「解剖学と外科的治療」、「生化学・神経生理学と薬物療法」、「分子生物学と移植治療や今後期待される遺伝子治療」といったところに良い例が見られます。臨床医学と基礎医学の取り組み方は大きく違いますが、双方が協力しあっていくことが病気の克服に効果的といえます。

3.パーキンソン病の臨床症状
 臨床ではまず最初に患者さんを注意深く観ることから始まります。そして、その患者さんの病気が他と区別されるものだったならば新しい「病名」が付けられることになります。パーキンソン病を初めて記したのは、英国の医師ジェームズ・パーキンソン博士(1755-1824)でした。1817年に発表した彼の論文の中で、パーキンソン病の症状をくわしく記述しています。この論文はしばらく埋もれていましたが、1880年代にフランスのサルコー博士によって再発見されます。そしてパーキンソン博士の名からパーキンソン病と呼ばれるとともに、その特徴的な症状が知られるようになりました。それは、「手足のふるえ(振戦)」、「筋肉のこわばり(筋固縮)」、「動きが鈍い(無動)」、「姿勢を保つことがへた(姿勢反射障害)」の四つの症状(四徴)です。手足のふるえは、動作を止めているときに目立ち(安静時振戦)、手や足に多いですが、時には下顎にもでます。
 筋肉のこわばりは、他動的に腕を伸ばしたとき、ガクガクとした断続的な抵抗として感じられることもあります。起きあがるときや歩くときの動作がゆっくりになり、歩く姿勢が前かがみになってきます。その他にも、便秘や立ちくらみ、話す声が小さくなったり、まわりの人からみると何となくぼんやりしたように感じられることもあります。

4.神経生理から見たパーキンソン病
 基礎医学からはまた違った病気への取り組みかたがあります。そのひとつは症状の原因になっている「しくみ」を探る方法です。この「しくみ」のことを、広い意味では「生理」と呼んでいます。病気のしくみに限れば「病理」や「病態生理」といいます。パーキンソン病の病態生理の研究は1900年代半ば以降大いに発展しました。多くの患者さんの検査から、脳の黒質という部分にあるドーパミンを産生するメラニン含有細胞が減っているのが見つかりました。そしてついに、大脳基底核の中の線条体でドーパミンが不足することがパーキンソン病の「筋肉のこわばり」「動きの鈍さ」の原因だと解ったのです。大脳基底核は大脳皮質とループ(神経回路網)を作り、手足や体を上手く動かすために働いている脳の器官です。L-DOPAというドーパミンを補充する薬を与えると、この症状はとてもよくなりました。ドーパミンは、このループ(神経回路網)が適切に働くために必要だったのです。
 私たちの研究室(東京都老人総合研究所・自律神経部門)では、主に大脳基底核の神経回路の働きを調べています。大脳基底核も詳しくみると複数の神経核で作られている神経回路です。この神経核のひとつ線条体では、FS細胞と呼ばれる神経細胞が互いに繋がったネットワークを作っていて、線条体の出力細胞に多くの投射を作っていること見つけました。この網の目のようなネットワークがあることで、線条体の神経細胞の同期活動を助け、さらに、脳が「運動指令」を手足に送るために役だっていると考えています。
 このような研究はパーキンソン病の治療方法につながりました。さらに、大脳基底核の働きについて、多くのことを明らかにしました。実際に運動以外にも、大脳基底核は「手続き記憶」という種類の学習や、ヒトが第二外国語をしゃぺるときや、鳥が唄を憶えるときに働くことが解っています。これは「皮質下痴呆」と呼ばれる症状を理解するのに役だっています。

5.治療への応用
 現在行われているパーキンソン病の治療法は大きく分けると「薬物療法」「外科的手術」「移植や今後行われるだろう遺伝子治療」の3つがあります。ここでは、神経回路の生理学が役だった外科的治療について説明します。

5.1定位脳手術
 パーキンソン病の外科的治療は古く、1900年代半ばから行われてきました。特に振るえがひどい患者に対し「定位脳手術」が行われてきました。パーキンソン病では、大脳皮質−大脳基底核−視床ループの一部が過剰に興奮していることがわかり、視床の腹中間核(Vim)を壊すことが試みられました。わが国でも楢林博士らにより淡蒼球手術が始められました。これらの定位脳手術は「振るえ」や「筋のこわばり」に効果的でした。しかし、1960年代になるとL-DOPAによるドーパミン補充療法に取って代わられました。

5.2深部脳刺激
 最近になって再び外科療法が注目されたのは、L-DOPAの長期投与による薬効の不安定化や減弱が出てきたことと、コンピュータ画像機器の進歩などで外科手術の精度が上がったことなどによります。最近の神経科学の結果を取り入れて、視床下核という部分を、破壊せずに、高頻度に電気刺激する方法が考えられました。この「深部脳刺激」では、視床下核に刺激電極を置き、皮下に埋めたスイッチを患者が自由にオン・オフすることができます。効果は即効的で、脳を破壊しないので刺激を止めることも可能で、わが国でも手術例が増えてきています。

6.さいごに
 神経系の病気の中でもパーキンソン病は、臨床医学と基礎医学が協力して効果的に治療法が開発された病気だといえます。病気のしくみ(病態生理)が解るにつれて治療法も進歩してきました。現在では、患者さんの平均余命は、健康な高齢者とほぼ変わらないところまできています。しかし今の治療方法が理想的なものというわけではなく、もっと簡単、安全、効果的な治療法のための研究が続けられています。また、どうしたらパーキンソン病にならないのか(予防方法)、どうしたら完全に治せるのか(完治法)はいまだに解っていません。近い将来には、研究の進歩にともなって、この問題が解決されることが期待されています。


三浦正巳(みうら まさみ)
山形大学医学部大学院修了 医学博士。山形大学医学部第三内科(血液・代謝内分泌・神経内科)にて研修後、理化学研究所・脳科学総合研究センター・研究員となる。科学技術庁・戦略的基礎研究・研究員(於 金沢大学医学部第二生理学講座)を経て平成11年より現職。専門は神経細胞生理学。神経細胞が作るネットワークと生理機能に関心がある。


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2002/11/26

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