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公開講座

脳内物質ドーパミンのはたらき

財団法人東京都老人総合研究所自律神経部門
研究室長 青崎 敏彦

1、ドーパミンとは?
 ドーパミンは交感神経節後線維や副腎髄質に含まれるノルエピネフリンやエピネフリン(ホルモンの一種)という物質とともに生体内アミンの一種であるカテコラミンという物質のひとつです。私たちの食べ物の中に含まれるフェニルアラニンやチロシンというアミノ酸がチロシン水酸化酵素によってドーパになり、それがドーパ脱炭酸酵素の働きでドーパミンになることがわかっています。このドーパミンはさらにドーパミンβ水酸化酵素という酵素でノルアドレナリンになりますし、これはさらにエピネフリンに変わります。ですから、1950年代まではドーパミンはノルエピネフリンやエピネフリンの単なる前駆物質で、それ自体はとくに生理的な仕事はしていないだろうと一般に考えられていました。ところが、1959年になって大阪大学の佐野勇教授らがドーパミンは脳にもノルエピネフリンと同じくらいたくさん含まれていて、その脳内分布はノルエピネフリンとは全く違って「大脳基底核」という脳の部位に局在していることを発見され、実はドーパミンは脳で神経伝達物質として独自の仕事をしていているのではないか、多分運動の制御に深く関る物質なのではないかと考えられるようになってきました。実際、1960年エーリンガーとホーニキーヴッツはパーキンソン病の患者さんでは大脳基底核の中の「線条体」という場所のドーパミンの量が非常に少ないことを確認し、1961年にはビルクマイヤーとホーニキーヴッツはドーパミンの前躯体であるL-ドーパを患者さんに静注して、注射後数分以内に動くことのできなかった患者さんが立ち上がって歩きだしたことを報告しています。

2、ドーパミンは脳のどこで作られるか?
 ドーパミンを産生する神経細胞(ドーパミンニューロン)は脳の中でいくつかのグループを作っていることがわかっています。その中でも今回の公開講座と関係して重要なのがA9という番号がついている「黒質緻密部(こくしつちみつぶ)」という部位にあるドーパミンニューロンとA10の「腹側被蓋野(ふくそくひがいや)」にあるドーパミンニューロンです。両方とも脳の深部にある脳幹という所に隣り合って存在し、長い突起(軸策と言います)を線条体に伸ばしています。正確には線条体の背側にA9から、腹側の線条体(これを別名側坐核(そくざかく)とも言う)にはA10からドーパミンニューロンの軸策が伸びています。軸策の末端にはシナプスという構造があって、そこからドーパミンを放出するので、線条体でドーパミンが多くなるというわけです。パーキンソン病の患者さんでは、黒質緻密部にあるドーパミンニューロンが死ぬために線条体で放出されるドーパミンが少なくなって無動、固縮、振戦といったパーキンソン病特有の運動症状を生じるわけです。

3、神経伝達物質としてのドーパミン
 脳はニューロン(神経細胞)とそれを養うグリアから構成されています。ニューロン同士は互いに神経突起(軸策と樹状突起)を出し合って、信号をやり取りしています。その信号のやり取りはニューロンとニューロンの間にあるシナプスという接合部で行われます。電気信号がシナプスに伝わると、シナプスでは化学物質が放出されて、信号を次のニューロンに伝えるわけです。ドーパミンはそういう化学物質のひとつです。放出されたドーパミンは受け手のニューロンの膜にある受容体(この場合はドーパミンがくっつくのでドーパミン受容体といいます)というたんぱく質にくっつきます。ドーパミン受容体には現在5種類あることがわかっていますが、ドーパミンがこれに結合するとニューロンに電位変化が起こったり、細胞内の情報伝達系が動いてさまざまな変化を受け手のニューロンに引き起こします。役目を終えたドーパミンはまた神経末端のシナプスにあるドーパミントランスポーターというたんぱく質によって取り込まれて再利用される仕組みになっています。

4、ドーパミンの働き
 私たちが日常何かをするときには、意識するしないに関わらず必ず何らかの動機がその行動の背後にあります。ものを食べたり、ゲームをしたり、勉強をしたり、スポーツをしたり、溝に落ちないように道路を歩いたり、あるいは朝起きて顔を洗うといった習慣などにも煎じ詰めれば何らかの動機があります。生理学者が行動中の動物の脳に電極を刺してどんなときにドーパミンニューロンが活動しているかを調べてみたところ、ドーパミンニューロンはそのような行動の動機付けに関連して活動を増すことがわかってきました。私たちのまわりで起こるさまざまな出来事がいいことであれ、いやで危険なことであれ、とにかく自分にとって意味があって、何らかの行動を引き起こすような場合には必ずドーパミンニューロンが活動しています。つまり、私たちは周囲の環境にに適応し、学習しながら、生活するすべを会得していきます。言ってみれば人生は学習の連続です。ドーパミンはそのような学習の強化因子として働いているのです。

5、ドーパミンが減るとどうなるか?
 ドーパミンニューロンは大脳基底核とそれに指令を与える大脳皮質(とくに前頭前野(ぜんとうぜんや)や帯状回(たいじょうかい)など)に枝を伸ばしてドーパミンを分泌します。そこでは技能を磨いたり、次第に行動を習慣化したり、そのような個々の行動をどのような順番に組み合わせて行動を起こすかを企画したり、戦略を練ったりする働きをしています。ですから、パーキンソン病のようにドーパミンニューロンが減少してドーパミンが少なくなると、立ち上がって歩こうと思っても、身体がすくんでしまって、どういう順番に筋肉を動かしていいかわからなくなったり、身体が震えたり、運動そのものができなくなってきます。また、物覚えが悪くなったり、忘れっぽくなったり、万事がゆっくりになって反応が鈍くなり、集中力や注意力も失われ、無力感、無気力になったりします。また、次第に人と交わるのも嫌になり、社会から離れていきます(これを皮質下痴呆と言います)。
 何でドーパミンがなくなるとそのような症状が出るかについては、前の演題に関することですが、要は神経回路の情報処理に異常が起こるからです。パーキンソン病ではほぼドーパミンニューロンだけが死んで他の神経細胞は正常のままです。その結果、他の神経伝達物質との間にアンバランスが生じます。例えば、線条体ではそのために相対的にアセチルコリンという物質が多くなります。抗コリン剤でそれを減らそうというのが最も初期のころのパーキンソン病の治療法でした。これは現在でも有効な治療法です。しかし、私たちの研究によれば単なるアンバランスではなくて、ドーパミンがなくなることでアセチルコリンを産生放出するコリナージックニューロンの活動そのものに異常が起こるようです。ひとつ異常が起こると次々と他の神経細胞にも影響を及ぼしていくわけです。

6、ドーパミンが多すぎるとどうなるか?
 ドーパミンが逆に多くなるのも良いことではありません。幻覚やパラノイア(精神分裂病の陽性症状)が起こったり、発話や運動をコントロールできなくなって、変な恥ずかしいことを思わずやったり口走ったりしますし(チック症やGil de la Tourrette症候群)、不必要とわかっていながら同じ行動を反復する強迫神経症になったりします。また、薬物依存もドーパミンに関係しています。麻薬やコカイン、アンフェタミンなどの覚醒剤やタバコなどはドーパミンを増やす効果があるため、その行動そのものが動機となって強化され、精神依存を作り出し、やめたくてもやめられなくなります。脳から見るとタバコも覚醒剤も殆ど同じと言っていいことが明らかになっています。

7、MPTP物語
 麻薬そのものがドーパミンと深く関わっていると言いましたが、実際麻薬とドーパミンは切っても切れない仲にあり、パーキンソン病研究を飛躍的に発展させたのも、ある意味で麻薬中毒患者たちの功績と言ってもいいくらいです。麻薬の常習者たちは自分で麻薬(メペリジン類似物質)を合成して、自分に注射したり、商売をしようとしたのですが、中にMPTPという不純物が混じってしまいました。これは注射すると血液脳関門を通過してグリア細胞の中でモノアミン酸化酵素(MAO−B)によってMPP+に変換され、さらにドーパミントランスポーターによってドーパミンニューロンに取りこまれるため、ドーパミンニューロンを殺してしまいます。MPP+は細胞内のミトコンドリアに集まりNADPHデヒドロゲナーゼ(複合体I)という酵素を阻害し、細胞のエネルギーであるATPの生成を阻害するのです。1983年ラングストンは次々と若い中毒患者がパーキンソン病そっくりになって病院に担ぎ込まれるのを見て、MPTPが原因物質であることをつきとめました。このMPTPはヒトやサルなどの霊長類できわめて感受性が高く、高齢になるほど高度で不可逆的な障害を引き起こします。人工産物であるMPTPがほぼ完璧なパーキンソン病を作り出すことがわかったため、パーキンソン病の原因となる物質が私たちの環境にあって、知らず知らずのうちに摂取していることがパーキンソン病の原因なのではないかと考えられるようになりました。これまで、食物の中に含まれるTIQ類やカルボリン類などの物質が注目されましたが、残念ながら原因物質としては今のところ否定的です。また原因物質が何であれ、MPTPの代謝から類推してMAO−B阻害剤や酸化防止剤などがパーキンソン病の進行を遅らせるのではないかと期待されましたが、これもはっきりとした結果は得られませんでした。最近、殺虫剤に含まれるロテノンという物質をラットに注射しつづけたらパーキンソン病そっくりの病態を作り出すことに成功したという報告が出て、今脚光を浴びているところです。いずれにしても、何らかの遺伝素因のある人が環境の何らかの物質に長い間暴露される結果パーキンソン病が発症するというのが現在の定説になっています。

8、加齢とパーキンソン病
 実は年を取ると誰でもパーキンソン病になる可能性があります。多くの研究から10歳年を取るごとに平均10%程度のドーパミンニューロンが死んでいくことがわかっています。大体正常の20%位にドーパミンニューロンが減ってしまうと症状が出ると言われていますから、20歳のときを単純に100%とすると100歳で私たちの殆どがパーキンソン病になる計算になります。実際、私たちが持つ「年寄りらしさ」のイメージを極端にするとパーキンソン病患者さんそっくりになります。万事がスローモーで、物覚えが悪くなり、ちょっと前かがみになって歩き、転びやすく、震えが来たりするのはドーパミンが減少していることと無関係ではありません。そういう意味でパーキンソン病は一部の不幸な人の病気ではありません。私たちが元気で活動的な老後を送るためにもパーキンソン病の原因を突き止めることは重要なことなのです。

青崎 敏彦 (あおさき としひこ)
 昭和52年3月 一橋大学法学部卒業、昭和58年3月 山形大学医学部卒業。平成1年3月 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了、医学博士。平成4年4月〜平成5年12月 マサチューセッツ工科大学、平成6年4月〜平成10年12月 理化学研究所・バイオミメティックコントロール研究センター・運動回路網研究チーム・研究員を経て平成11年1月〜現在 財団法人東京都老人総合研究所・自律神経部門長。専門は、大脳基底核関連疾患の病態。


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2002/11/26

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