治療と研究の最前線
順天堂大学医学部神経学教室客員教授
東京臨海病院副院長 今井壽正
1.パーキンソン病とは(繰り返しになりますが)
パーキンソン病とは、1817年に英国ロンドンの開業医パーキンソン氏によって最初に正確に記載された、老化に伴って発症する代表的な脳の病気で、アルツハイマー病に次いで頻度が高いものです。しかもパーキンソン病は、脳の病気の中で現在、その病態が最も良く解明されている病気です。線条体という脳の部位(大脳基底核の中)においてドーパミン(重要な神経伝達物質)が欠乏していることが、1960年前後に発見され、直ちにこの成果に基づいて、薬物(ドーパミンの前駆体であるドーパ)服用によって不足しているドーパミンを補う療法が開発され、多くの患者さんにとって福音といってよい顕著な効果が得られました。薬物による補充療法がパーキンソン病と同程度に奏効した脳の病気は未だ他にありません。パーキンソン病における脳内の病理学変化は、@線条体に投射している中脳黒質のドーパミン細胞(黒いメラニン色素を持っている)が選択的に変性脱落し、A生き残っている細胞にはレビー小体と呼ばれる細胞質内封入体が見られるのが特徴です。細胞死とレビー小体の出現は、黒質に続いて脳橋の青班核のノルアドレナリン細胞(伝達物質としてノルアドレナリンを分泌し、やはりメラニン色素を含む)にも生じて来ますが、程度は黒質より軽度です。その他の大部分の脳細胞には明らかな障害が見出されていません。
2.パーキンソン病の診断は
診断は、特徴的な運動症状とドーパ投与の効果を確認してなされます。運動症状とは、@安静時のふるえ(振戦)、A筋肉のこわばり(固縮)、B動作が乏しく遅い(無動)、Cバランスが悪いこと(姿勢反射障害)であります。多くの場合、50歳以降、いつとはなしに一側手か足から症状が始まり、ゆっくりと進行して、多くは症状が両側性になり、ついには寝たきりになることもあります。初めから明らかな痴呆を伴うことはありません。また、家族内(遺伝性)発症は全体の1割以下と考えられています。CT, MRIなどの画像検査や脳波・筋電図などの生理学的検査、血液検査ではパーキンソン病に特異的な異常所見が出ません。パーキンソン病の診断は、神経内科専門医にとっても時に困難であり、類似の症状を示す疾患は複数あり、パーキンソン症候群として一括されています。
3.パーキンソン病の治療は
現在、治療の主体はドーパを中心とする薬物療法で、これに定位脳手術、さらに理学療法を中心とするリハビリテーションが加わって総合的に展開されています。 ドーパの出現によって、今ではパーキンソン病と診断されても薬物を服用すればほとんど寿命が縮まらなくなりました。しかし、ドーパの強力で効き目の速さの裏返しともいえる血中半減期の短さ(1時間強)のため、ドーパの長期・大量投与によって色々厄介な問題(舞踏病のような不随意運動、症状の変動と薬効の減弱、幻覚・妄想などの精神症状)が生じてくることが次第に明らかとなり、その対策として、ドーパミン作動薬を主体として、MAO-B阻害薬、COMT阻害薬などが続々と登場し、対策と工夫がなされています。パーキンソン病の薬物治療のガイドラインを現在、日本神経学会の委員会が作成中です。 定位脳手術による治療は、1940年代の後半に開発された長い歴史を持っています。一側手足の振戦と固縮に対して薬物を凌ぐ永続的な効果が期待できますが、ドーパの出現によって一旦あまり行われなくなりました。しかし、ドーパ長期投与に伴う問題が明らかとなって再興に向かい、近年は、脳に電極を埋め込みその部位を電気的に刺激する方法が開発されて、以前の破壊手術に取って代わりつつあり、その効果に期待が高まっています。
4.MPTP―病態解明への突破口
1960年のドーパミン発見に続いて、1983年のMPTP物語でパーキンソン病の病態研究に突破口が開かれました。MPTPによって完璧な動物(サル)モデルをつくることが可能になり、@自然界にMPTP類似物質が存在しないか?との探索研究が押し進められ、さらにAドーパミン細胞を死に至らしめる細胞内メカニズムの解明へと研究の道を付けたのです。
5.家族性パーキンソン病の分子遺伝学的研究
パーキンソン病は大部分が孤発性ですが、日本では普通のパーキンソン病とは異なる特徴を持つ、多くは家族性の「若年性パーキンソン病」について多数家系の症例研究が集積されていました。この集積の上に、分子遺伝学の急速な進歩を取り入れ、さらに関連する細胞内生物学的研究を推進することによって、遺伝性パーキンソン病で見出された所見が孤発性パーキンソン病の病態メカニズムの解明に寄与するのではないか、という希望が出始めてきました。主として順天堂大学神経学水野教授とその共同研究グループの業績によります。その中で原因遺伝子が同定されたのが、常染色体性劣性遺伝するもの(AR-JP)です。連鎖解析という手法を用いて原因遺伝子として日本でパーキン遺伝子が同定・命名され、遺伝子診断で世界中に広く多く存在していることが判明しました。更にこの遺伝子が作るパーキン蛋白の生理機能が分かったのです。パーキンはユビキチン(蛋白の分解シグナルを提示する修飾分子)を蛋白に結合させる酵素です。ユビキチン・プロテアソームシステムとは細胞内の主要な蛋白分解機構(蛋白質の品質管理〜監視装置)であり、分解の標的となる蛋白質(基質)にユビキチンを鎖状に結合するユビキチンシステムと、形成されたポリユビキチン鎖を認識して標的蛋白質を分解するプロテアソームから構成されています。神経細胞は分裂増殖できないため、このシステムの破綻が細胞死に直結することが予想されます。パーキンの基質の一つとして、パエル受容体が発見され、その機能はまだ不明ですが、AR-JPでは異常蓄積してドーパミン細胞死を来すことが示唆されました。一方、レビー小体にはユビキチンが存在することが知られていましたが、何とパーキンも存在することが見出されました。AR-JPの場合、パーキンが正常に機能しないため、ユビキチンシステムが働かず、パーキンの基質であるアルファーシヌクレインが神経細胞内に蓄積し、細胞死に至ると考えられます。孤発性パーキンソン病の場合、パーキンが正常に機能するため、パーキンの基質であるアルファーシヌクレインとポリユビキチン鎖の結合が形成され、それを認識して分解するプロテアソームが機能しないため、レビー小体が形成されるのではないか、と推測されています。 ユビキチンまたはユビキチン化されたタンパク質の異常蓄積は、実はアルツハイマー病、ハンチントン病、脊髄小脳変性症でも報告されています。ユビキチン・プロテアソームシステムと神経細胞死との関連がホットに注目されており、このメカニズムの解明の進展が、さらにパーキンソン病の本態に迫る治療法を開発する契機になると期待されています。
6.移植治療と再生医療―新たな治療へ向けての研究
パーキンソン病の神経移植治療は、永続的なドーパミン補充療法ないしはパーキンソン病の進行阻止をめざして1980年代より開始され、現在も外国で胎児中脳黒質が使われていますが、難点が多く、到底一般化には至らないでしょう。しかし、近年工学的なアプローチを駆使した遺伝子治療(チロシン水酸化酵素TH, DOPA脱炭酸酵素AADC、グリア由来の神経栄養因子GDNF、パーキンなどの遺伝子、アポトーシス抑制遺伝子など)と、神経幹細胞などからドーパミン細胞を誘導する再生医療の実験研究が急速に台頭、進行中です。 これらの研究努力は、必ずや近い将来、パーキンソン病の治療を、現在のドーパミン補充療法という十分有力であっても所詮は対症療法の段階から、多様で、より病因〜発症機序に迫る治療法の段階―病気の進行阻止〜予防―へと導いて行くでしょう。
今井 壽正(いまい ひさまさ)
1967年3月東京大学法学部 卒業、1971年3月順天堂大学医学部 卒業。1980年4月順天堂大学 医学博士。1980年5月Research Associate, Dept. of Anatomy & Neurobiology (Prof. S.T. Kitai), Michigan State University, USA、のち1992年10月順天堂大学医学部神経学講座 助教授、2001年1月 順天堂大学医学部病院管理学研究室 教授、同 神経学講座 教授(併任)。2001年4月より日本私立学校振興・共済事業団 東京臨海病院開設準備室 室員(副院長)、順天堂大学医学部病院管理学研究室 客員教授、同 神経学講座 客員教授(併任)。主な専門領域は、神経学:臨床神経学,大脳基底核疾患の病態生理、病院管理学:医療の質の評価。

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