このたび、東京都高齢者研究・福祉振興財団 東京都老人総合研究所の西垣 裕 研究副部長、福 典之 主任研究員、田中雅嗣 研究部長の研究グループは、糖尿病や難聴、脳や筋肉の障害などをもたらす疾患群であるミトコンドリア病の原因遺伝子変異28種類の網羅的迅速検出法を開発しました。この疾患群の原因遺伝子変異は、現在までに数多くが報告されているのにも拘わらず、従来の検査法は一カ所ずつ変異の有無を調べていたため診断に至るまでに複数回の採血や長い期間が必要で、また検査毎に高額な検査費用がかかるなど、様々な理由から最終的に診断に至らないこともしばしばありました。今回開発された方法は、主要な40カ所の変異のうちの約7割を同時に短時間で判定することができる画期的な検査法です。この研究成果は平成20年4月15日に米国神経学会年次総会において発表されたのでお知らせいたします。
細胞内小器官である「ミトコンドリア」は、細胞の中に網の目のように張り巡らされている構造で、細胞が必要なエネルギーを作りだす働きをしているが、興味深いことに、染色体ゲノムとは独立したもう一つの「ゲノム」であるミトコンドリアDNAを持っている。このミトコンドリアDNAは、両親から半分ずつ伝えられる染色体ゲノムとは異なり、全てが母親から子へ伝えられるという特徴を有している。このミトコンドリアDNAに変異が生じ、発症する難病の一群をミトコンドリア病(あるいはミトコンドリア脳筋症)と呼んでいる。この病気は、疲れやすい(易疲労性)とか下痢・便秘といった目立たない自覚症状から、低身長、糖尿病や感音性難聴、視力低下や手足の筋肉の脱力や感覚が鈍くなること、心臓機能が衰える心筋症や不整脈、時には認知症や脳卒中症状など多様な症状を生じる。症状の程度もほとんど無症状から寝たきりまで多様であり、発症年齢も乳児期から中年頃までと幅広い。この病気に対する根本治療法は、現在は残念ながら無いが、病気が慢性進行性の経過をとることが多いため、一刻も早く診断し、対症療法を開始することが望ましい。しかし原因となる遺伝子変異は、現在までに世界中で200種類以上が報告され、そのうち複数の研究施設で確認されている変異だけでも40種類程度あり、多種多様であることがこの病気の診断を困難にしている。したがって、ミトコンドリア遺伝子変異の網羅的検出法を開発することが急務であると考えた。
検査会社が通常行っているミトコンドリア遺伝子変異の有無を一つ一つ調べるような従来法と全く異なり、今回開発した蛍光ビーズ・アレイPCR-Luminex法を用いた「ミトコンドリア遺伝子変異の網羅的迅速検出法」は、30種類程度の遺伝子変異の有無を同時に短時間で判定することが可能である。
この方法の特徴として、
例えば代表的なミトコンドリア病であるメラス(MELAS, mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic
acidosis, and stroke-like episodes)では、その患者さんの80%程度がミトコンドリアDNA
3243番目の塩基がアデニンからグアニンに変化している(3243A>G変異)ことがわかっているが、残りの20%の患者さんは、3243A>G変異を調べただけでは診断に至らない。今回開発した解析法は、1つの変異だけではなく、可能性のある複数の点変異も同時に調べることができるため、ミトコンドリア病を疑ったらすぐに実施できる一次スクリーニング検査として適している。現在、MELASの臨床型を含め、代表的な変異検出系(28種類)を設計している。
ミトコンドリア遺伝子に変異が存在する場合、その多くは変異したDNAと正常なDNAが混在する「ヘテロプラズミー」という状態で存在し、臨床症状が重篤の場合、変異DNAの割合(変異率)も高値であることが多い。またミトコンドリア遺伝子には、「臓器特異性」という特徴があり、骨格筋、血液、その他の臓器では、ミトコンドリア遺伝子の変異率が各々異なっている。この変異率は、一般的に骨格筋や神経組織で高いが、通常遺伝子診断で用いられる血液で低いということがわかっており、ミトコンドリア病の遺伝子検査を難しくしている。例えば代表的なミトコンドリア病の一つである慢性進行性外眼筋麻痺(CPEO)の一部のように、血液から精製したDNAでは変異がほとんど全く検出されないにも関わらず、同一症例の骨格筋から精製したDNAを検査するとミトコンドリア遺伝子の欠失変異を検出する。したがって、今回開発した方法に限らず、血液DNAを用いたミトコンドリア遺伝子検査で変異を検出しなかったからといってもミトコンドリア病を否定する根拠にはならないので注意が必要である。ミトコンドリア病の原因となる遺伝子の点変異は、現在までに200種類以上が世界中で報告されており、この内、40種類程度は、複数の研究施設で確認されている。このように原因遺伝子変異が多岐にわたるために、その遺伝子診断は通常困難であり、日本国内では、大学などの研究機関に委託して解析する以外、個別に選んだ15種類程度の変異しか検査会社に遺伝子検査委託することができない。一方、ミトコンドリア遺伝子の全塩基配列16,596塩基対を塩基配列解析装置(DNAシークエンサー)で調べる従来法は、コストや時間、さらに多くの手間がかかり、また低い変異率の検出に適していない欠点がある。これらの欠点を補うために、蛍光ビーズ・アレイPCR-Luminex法を用いた「ミトコンドリア遺伝子変異の網羅的迅速検出法」を開発した。この方法は、変異検出感度が高いので、一般的に変異率の低い血液DNAを用いても多くの症例で点変異の検出が可能であると考えられる。変異が検出された場合は、ミトコンドリア病として早期に治療を開始することができ、また筋生検などの「確定診断」を目指した神経内科的諸検査を実施する有力な根拠になるため、実際の医療現場では福音になると考えている。
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東京都高齢者研究・福祉振興財団 東京都老人総合研究所
健康長寿ゲノム探索研究チーム 健康長寿ゲノム探索研究チーム
研究副部長 西垣 裕(にしがき ゆたか)
2008/04/15
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