国際調査の方法論的課題

日米高齢者の縦断調査研究から学んだこと―

 

秋山 弘子 (東京大学)

近年、保健医療福祉の分野において大規模な国際調査の増加が目ざましい。政府機関のみならず、大学、新聞社、その他、民間の研究機関等でも国際調査を手がけるようになってきた。それと共に、国際比較統計は世論の形成、及び、医療、福祉、年金、定年制度、住宅等の政策決定において大きな影響力をもつようになった。ところが、国際比較統計がどの程度正確に国々の現状を反映しているかということに対してはほとんど関心が払われていない。今回のシンポジウムでは、高齢者のwell-beingに関する日米の縦断比較調査から学んだことを方法論に焦点をあてて報告する。

調査の目的

(1)高齢者のwell-beingを複合的概念として捉え、主観的 well-being(人生満足度、モラール、鬱症状の欠如、等)と下位概念のwell-being(健康、経済状態、人間関係、等)の構造的関連を社会・文化的文脈で比較分析する。(2)サンプリング方法、調査手法の比較と共に、主として米国で開発された各領域のwell-being尺度の異文化における信頼性、妥当性、比較可能性を検証する。

調査の方法

日本(1987年)と米国(1986年)において、縦断調査研究の第1次調査として全国2段階無作為抽出による60歳以上の対象者(日本2,200人 米国 1,490人)に約1時間の訪問面接調査を行った。その後、3年毎に再調査を行い、日本では4次調査を米国では3次調査を完了している。日本では、2次調査においてRandom Probe法により各質問項目に関する質的データを収集し、調査対象者による質問項目の解釈、回答の意味を検討した。

方法論的課題

(1)対象者の代表性: 日米におけるサンプリング原簿の相違、調査非協力者に対する異なる対応の結果、両国のサンプルの偏りにズレが生じる可能性がある。

(2)調査方法: 本研究では日米共に訪問面接調査を採用しているが、米国の主要調査機関では調査を全面的にコンピューター化しており、調査員がパソコンを携帯して訪問面接を行っている。コンピューター化により可能になった複雑な調査票、前回調査データの搭載、回答の即刻チェックによる精度の増進等は、日米で比較可能な調査項目を限定し、データの質における格差をもたらすと考えられる。

(3)調査項目の比較可能性: 大部分の調査項目は米国で作成された尺度をback-translation法により翻訳して採用したが、二つの言語の間で言語的に対応する言葉(例、同居、関節炎)が必ずしも同じ意味をもっているとはいえない。また、米国の調査でよくつかわれる自尊感情(self-esteem)のような概念の日本における妥当性も検討する必要がある。

これら国際調査の諸問題は、調査方法論の研究への関心を喚起すると同時に、通常、単純明快なものとして報告どおりに受け入れられている国際比較統計の利用にあたって、まず、それが比較できるものを比較しているということの確認を促す。