高齢者の社会的サポート・ネットワークの日中比較

 

杉澤秀博(東京都老人総合研究所保健社会学部門)

 

1. 中国との比較研究の意義

 第1は実践的な意義である。日本の高齢者の制度・施策をモデルとして、中国の高齢者施策も推進していく可能性がある。日本はアジア地域では経済的に一番進んでおり、また人口高齢化の水準が最も高く、高齢者に関する制度・政策も整備されている国である。中国では、近年、経済成長は著しいものの開発途上の国であり、老後の生活保障、ねたきり者の介護問題など人口高齢化のなかで、高齢者問題への対応が焦眉の課題となっている。アジア地域に位置し、欧米と比べると文化的に共通している部分が多い日本の制度・施策は、今後の中国の高齢施策に少なくない影響を与えるであろう。

 第2はアジア地域内部における共通性と違いを明らかにするという比較文化研究の意義である。これまで欧米の研究者によって、欧米の高齢者の特徴を解明するために、その材料として歴史的・文化的な背景の異なるアジア地域の国々との比較が行われてきた。しかし、アジア地域といっても多様な歴史と文化をもっており、日本とアジアの国を比較した場合には、共通点もあれば相違点もあるであろう。しかし、アジア地域内部の比較はそれほど行われていない。

2. 高齢者の社会的サポート・ネットワークに何故着目するか

 ある国の制度・政策をモデルとする場合、制度・政策という巨視的な比較分析に加えて、制度・政策が導入され、展開される背景として、高齢者の生活や健康の差異と共通性を探る、微視的な分析が不可欠である。福祉制度・施策との関連で高齢者の生活や健康をみる場合、高齢者が取り結ぶ社会的ネットワークに着目することが重要である。福祉が普遍的であり、私的な扶養の多寡によらず、誰にでも提供できることが理想的であるが、現実には私的な扶養と公的な支援の役割、機能をいかに調整していくかが重要な論点となるため、私的扶養を中心としたネットワークの比較が微視的な分析のなかでも重要な検討課題といえよう。

 以上のような視点から、本報告では高齢者の社会的サポート・ネットワークの日中比較を試みた。

3. データ収集の方法および測度の作成

日本のデータとしては、東京都老人総合研究所の保健社会学部門が1995年に東京都の練馬区と宮城県鹿島台町で実施した調査データを活用した。2地域の60歳以上の高齢者から層化無作為抽出によってえた標本それぞれ600人ずつを対象に訪問面接調査を実施し、回収数はそれぞれ423人、443人であった。中国においては、日本の2地域の調査と比較できるように、北京市の中心部と郊外の郡部において、層化無作為抽出によってえた標本それぞれ600人と608人を対象に訪問面接を行った。回収数は600人と608人であった。

 調査項目の作成は日本の調査票を日本語に堪能な中国人が中国語に翻訳し、それに基づきプリテストを実施したうえで、修正を加えた調査票を別の中国人が中国語から日本語に再翻訳し、その結果を日本の研究者が、原文と比較するなかで中国語の調査票を作成した。

4. 社会的サポート・ネットワークの日中の違い

「単独」「夫婦のみ」「2世代(未婚子と同居)」「3世代」という世帯構成別に、都市と郡部の高齢者の社会的ネットワークおよびサポートが日本と中国でどのように異なるかを比較した。社会的ネットワークは別居子、近隣、友人、地域組織のそれぞれに対する接触頻度で、社会的サポートについては続柄別に「健康への配慮」および

「寝たきり状態の時の介護」を誰に期待しているかで測定した。社会的ネットワークについては、都市部と郡部に共通して、別居子以外の親族、友人、地域組織との接触頻度はいずれも日本の方が中国と比較して高く、これはいずれの世帯構成でもみられた。社会的サポートについては、子供がいても子供から介護を期待できないという人の割合が日本では中国と比べて高く、これは地域別・世帯構成別にみてほぼ共通していた。

5. 課題

検討課題を4点にわたって指摘しておきたい。第1は分析対象の代表性の問題である。中国は広く、今回の調査で対象とした地域データを中国の都市部と郡部全体に普遍化することは困難である。第2は識字率が低い問題である。選択肢を用いて回答をえる場合に、提示したカードを読むことができない人が少なからずおり、回答にバイアスがかかる可能性がある。第3は回収率の問題である。中国では100%の回収率であったが、その回答に強制がなかったのかが不明である。第4は日中の違いの原因をいかに解釈するかについてである。文化の違いというよりも経済発展の違いが、その原因であるとみることが可能であろうか。