2026.05.27
プレスリリース
老化制御研究チーム
水素ガスが急性大動脈解離の重症化を抑制する―新たな治療戦略に期待―

発表(研究)のポイント

  • 急性大動脈解離モデルマウスを用いた研究で、2%濃度の水素ガス吸入が病態の悪化を抑えることを明らかにしました。
  • 水素ガス吸入により、大動脈破裂の頻度、解離部分の拡大、死亡率が低下し、短期予後の改善が認められました。
  • 水素ガス吸入は、血圧には影響を与えず、炎症反応を抑えることで病態を改善する可能性が示されました。
  • 急性大動脈解離に対する新たな補助的治療法の開発につながる成果として期待されます。

研究内容の概要

急性大動脈解離(図1、用語解説1)は、高齢者に多く、現在の治療は降圧管理や手術が中心ですが、発症後の炎症や組織障害を抑える新たな補助療法が求められています。東京都健康長寿医療センター研究所 分子細胞代謝研究の池谷真澄研究員、高山賢一研究副部長、同センター病院 心臓血管外科の河田光弘部長、岡山大学学術研究院医歯薬学域 救急・災害医学分野の青景聡之講師らは、急性大動脈解離モデル動物(用語解説2)を用いて、水素ガス吸入が病態の悪化を抑え、死亡率や大動脈破裂を低下させることを明らかにしました。本研究は、水素ガス吸入が急性大動脈解離の重症化を抑える新たな治療戦略となる可能性を示すものです。本研究成果は、Elsevier社が出版する国際学術誌『Life Sciences』に掲載されました。

大動脈解離

研究の目的

急性大動脈解離は、大動脈の壁が裂け、短時間で破裂や臓器障害に進行しうる致死的な救急疾患です。全国の循環器専門施設等では年間2万人を超える患者が報告され、入院中死亡も年間約3,000人に上ります。また、65〜75歳に多いとされ、超高齢社会において重要な疾患の一つです。発症後きわめて短時間で重症化するため、現在の治療だけでは救命が難しい症例もあります。現在の急性期治療は、血圧や脈拍を下げて大動脈への負担を軽減し、病型に応じて緊急手術や血管内治療を行うことが中心です。しかし、病態の進行には炎症反応が深く関わるため、血圧管理に加えて、病態の悪化そのものを抑える治療法の開発が求められています。水素分子(H₂)は、抗炎症作用を持つことが報告されています。そこで本研究では、急性大動脈解離のマウスモデルを用いて、水素ガス吸入が病態の進行や破裂リスクを抑制できるかを明らかにすることを目的としました。

研究成果の概要

本研究では、急性大動脈解離を高率に発症するマウスモデルを用いて、2%水素ガス吸入の効果を検証しました(図2)。その結果、水素ガス吸入群では、非吸入群に比べて24時間後の生存率が改善しました(非吸入群57.1%、水素ガス吸入群90.9%)。また、自発運動量が保たれ、大動脈破裂の頻度や解離部分の広がりも抑制されました。さらに、水素ガス吸入群では炎症反応も抑えられていました(図3)。一方で、血圧には有意な変化は認められませんでした。したがって、水素ガス吸入は、従来の降圧治療とは異なり、炎症反応を抑えることを介して、急性大動脈解離の重症化を抑制する可能性が示唆されました。

実験方法
水素ガスが大動脈解離の病態悪化を抑制する

研究の意義

本研究は、水素ガス吸入が急性大動脈解離の進行や重症化を抑える可能性を示した点に大きな意義があります。特に、血圧を下げることなく、大動脈破裂、解離部分の拡大、炎症反応を抑えたことから、現在の標準治療を補完する新たな補助療法となる可能性があります。急性大動脈解離は高齢者に多く、短時間で重症化するため、安全性が高く患者負担の少ない治療法の開発は重要です。本成果は、将来的に患者の予後改善や救命率向上につながる研究の一歩になると期待されます。現在、同センター 心臓血管外科では、急性大動脈解離患者を対象とした水素ガス吸入の臨床試験が進められており、ヒトにおける安全性の検証が進行中です。今後、有効性についても検証が進むことが期待されます。

掲載論文

  • 論文タイトル(英)
    Inhalation of hydrogen gas reduces exacerbations of acute aortic dissection in mice
  • 論文タイトル(和)
    水素ガス吸入はマウス急性大動脈解離モデルにおける病態悪化を抑制する
  • 著者名
    Masumi Iketani, Mitsuhiro Kawata, Masafumi Ito, Ikuroh Ohsawa, Kenichi Takayama, Toshiyuki Aokage
  • 掲載誌名
    Life Sciences
  • 巻・論文番号
    397, 124443
  • 掲載日
    2026年7月15日
  • ※本論文は、冊子体掲載に先立ちWeb版で先行公開されています。
  • DOI リンク
    https://doi.org/10.1016/j.lfs.2026.124443(124443)
  • シェアリンク(期間限定無料アクセス)
    https://authors.elsevier.com/a/1n3rb5XwGK2bR 
    ※シェアリンクからは、2026年6月27日まで無料で論文をご覧いただけます。

用語解説

1)急性大動脈解離
心臓から全身に血液を送る大動脈の壁が裂け、壁の中に血液が流れ込む病気です。進行すると大動脈破裂や臓器障害を引き起こし、命に関わることがあります。

2)モデル動物
ヒトの病気や病態を再現・模倣するために用いられる動物です。本研究では、急性大動脈解離を起こしやすくしたマウスを用いました。

プレス概要(PDF)

お問い合わせ

地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター
老化制御研究チーム(分子細胞代謝)
研究員 池谷 真澄
TEL:03-3964-3241
Email:iketani@tmig.or.jp
進行中の臨床試験のお問い合わせ先
地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター
心臓血管外科
部長 河田 光弘
TEL:03-3964-1141
Email:mitsuhiro_kawata@tmghig.jp
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