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- 認知症の空白の期間の研究
自立促進と精神保健研究チーム 岡村毅
福祉と生活ケア研究チーム 井藤佳恵・涌井智子
認知症と共に生きる人が声をあげ始めた
かつては認知症になると何も分からなくなる、何もできなくなるという古い認知症観が強く、認知症の人は声をあげることなく社会の隅に追いやられていました。しかし「自らのこと、社会のことを真剣に考え、声をあげられる認知症の本人がいます」「認知症の人本人が集まり、社会をよりよく変えていくための建設的な提案をしていきたい」と高らかに宣言し、2014年に認知症の人の団体である日本認知症ワーキンググループ(JDWG)が立ち上がりました。
キーワードは「空白の期間」
JDWGの設立趣旨書には「診断前後から介護保険サービスの対象とされるまでの支援は未整備であり、絶望に陥る人があとを絶ちません。この『空白の期間』の解消が深刻かつ切実な問題」とあります。JDWGの代表理事は2014年の国際会議(G8 認知症サミット日本後継イベント)において講演し、「認知症の診断の後、常に緊張して頑張れば日常生活はできるが、周囲にはその苦労が分かりにくい。一人で苦しみ、もう続けられなくなり、人生が破綻して初めて介護保険のサービスの対象になる。この期間のことを『空白の期間』という」と述べています。このころから空白の期間は社会的に注目され、時代のキーワードになりました。
空白の期間の代表的な捉え方は、認知症の違和感を覚えてから診断を受けるまでの期間(空白の期間Ⅰ)、診断を受けてから介護保険サービスを利用するまでの期間(空白の期間Ⅱ)に分けるというものです。

空白の期間の本当の衝撃
空白の期間は、実はとても深い概念です。認知症のことを真剣に考えている研究者や医師ほど、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けたのです。どういうことでしょうか?
私たち研究者や医師は、10年くらい前までは「いかに正しい診断するか」「いかに早く診断するか」「いかに早く支援につなげるか」という考え方をしていました。というのも、病院にくる大変なケースの方は「診断が難しくなかなか診断されなかった人」「診断を受けても社会の支援がうまくいかずに閉じこもり大変な事態になった人」が多かったからです。そういう苦しむ人を減らしたい、だから「正しい診断」「早い診断」「早い支援」が重要だと思っていました。
しかし当事者が声をあげてはじめに言ったことは「診断や支援をしてくれ」ではなく「自分たちは理解されない孤立孤独にあるのだ」「仲間が必要なのだ」だったのです。認知症学の第一人者の粟田主一氏(当センター元副所長、現在は認知症介護研究・研修センターのセンター長)はG7長崎保健大臣会合で「空白の期間とは、本人の視点からの支援がない時期のことだ」と喝破しています。
もちろん正しい診断は大事だし、支援も大事だ。でも、本人たちが出会う場を作り、孤立孤独に陥らないような仕組みを作ること、それによって認知症があっても希望と尊厳をもって生活できるようにすることも、同じくらい、いやそれ以上に大事なのです。
空白の期間は長さが問題なのではないけれども・・・
以上を理解していただくと、空白の期間は長さが問題なのではないということが分かるでしょう。何も早く診断を受ければいいというものでもないし、早く介護が始まればよいというものではない。そうではなく、正しい時期に診断を受けて、正しい時期に介護が始まることが大事です。それによって本人が幸福になることが最も重要なことなのです。
ただし、研究者の目線で言うと、正しい時期の診断や介護について研究することはとても難しい。そもそも正しいかどうかは誰が判断するのか。孤立孤独はどうやって調べるのか。
したがって、一定の定義を設けて空白の期間の長さを対象にした研究をすることは必要です。ここまで読んだ皆さんには私がこんなに長々と説明してきた理由はお判りでしょう。空白の期間の研究は大事だ、空白の期間は長さが問題なのではない、しかし研究対象にするとどうしても長さ(数字)で扱わざるを得ない、ということを分かってほしかったのです。
空白の期間は短くなっているか?
というわけでここから下が空白の期間の研究の成果です。今回私たちは全国の認知症疾患医療センター、東北地方の認知症サポート医などを対象に、通院している患者さんの家族に調査票を配布してもらい調査をしました。そして診断された時期を、平成時代と令和時代に分けて、空白の期間は2つの時代でどう変わったかを比較しました。
分析の結果、空白の期間Ⅰは統計学的な有意差はありませんでしたが、空白の期間Ⅱは27.1か月から5.9か月に統計学的にも有意に短くなっていました。
診断や支援開始までの期間が長くなる人の特徴
次に、空白の期間Ⅰが長い人は診断までの期間が長く、空白の期間Ⅱが長い人は介護開始までの機かが長い人ですから、それぞれ長い方から25%の人がどのような特徴を持っているかを調べました。
まず診断前の期間(空白の期間Ⅰ)が長い人については、「本人が受診をためらう」というのは当然出てきましたが、他には「お世話している人が男性である」、「症状に気が付いたときに介護者が50歳未満だった」、「介護を理由に退職または転職したことがある」、「夫または妻をお世話している」ということが分かりました。
介護開始までの期間(空白の期間Ⅱ)が長い人については、「お世話している人が高学歴である」、「本人が男性である」、「診断時の本人の年齢が65歳未満だった」、「夫または妻をお世話している」、「同居している」、「お世話している人が診断時に安心した」という特徴がありました。
今回の結果から、例えば50歳以下の男性が、退職や転職をして妻を介護している場合、診断が遅れてつらい思いをすることがあるかもしれないから、特に気をつけよう、といえるかもしれません。あるいは高学歴の妻が65歳以下の同居する夫をお世話していて、診断の時にああよかったと安心するような場合は、介護保険の利用の開始が遅れるかもしれないと言えるかもしれません。
空白の期間の実証的な研究は始まったばかりです。私たちは今後は、長さのみならず、認知症と生きる人の孤立や孤独をしっかりと捉えるような研究手法を検討したいと思っています。