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- 膵臓がん細胞の立体培養で隠れていた“ムチン”が出現 ―がんの性質を見分けるバイオマーカー候補発見、診断・治療への応用に期待―
―がんの性質を見分けるバイオマーカー候補発見、診断・治療への応用に期待―
発表内容の概要(ポイント)
東京都健康長寿医療センター研究所 老年病理学研究チームの志智 優樹(しち ゆうき)研究員、石渡 俊行(いしわた としゆき)研究員らは、同研究所 老化機構研究チームの津元 裕樹(つもと ひろき)研究員らと共同で、膵臓がんの細胞を「立体(3次元)」で培養すると、平らな培養皿(2次元)では現れなかった“ムチン”が新たに出現することを発見しました。ムチンとは粘液のもとになる高分子の糖タンパク質で、がんの進行・悪性度・薬の効きにくさと関わることが知られています。本研究では、
- 膵臓がん細胞を立体で培養すると、検出されるムチンが5種類から8種類に増加。がん細胞は置かれた環境でムチンの出し方を大きく切り替えていました。
- 特にMUC5ACは平面培養では検出されず、立体培養では上皮系の膵臓がん細胞すべてに強く出現。実際の腫瘍組織に近い環境で初めて現れる“隠れた性質”をとらえました。
- ムチンの出方は膵臓がん細胞のタイプ(上皮系/間葉系)で異なり、MUC1・MUC5AC・MUC4の組み合わせが、がん細胞の性質を見分ける新しい目印(バイオマーカー)候補になりうることを示しました。
本研究は膵臓がん細胞を実際の腫瘍に近い立体で育て、そこに現れるムチンを網羅的に(プロテオーム解析で)調べ上げた点に独創性があります。その結果、同じがん細胞でも、平面か立体かという環境の違いだけでムチンの“設計図の読み方”が切り替わること(可塑性)を明確に示しました。
これは、がん細胞が状況に応じて性質を柔軟に変えることの具体例であると同時に、平面培養だけを見ていると重要な性質を見落とす危険があるという、研究の進め方そのものへの示唆でもあります。
本研究成果は、オープンアクセス誌 PLOS One に、日本時間2026年7月17日(金)午前3時に掲載されました。
【報道解禁日時】2026年7月17日(金)午前3時(日本時間)
研究目的
膵臓がんは早期発見が難しく、根治を目指せる治療は外科的切除に限られますが、術後の再発も多く、5年生存率は約12%と依然として予後不良ながんです。また膵臓がんでは、異なる患者さんの間だけでなく同じ患者さんの腫瘍内にもさまざまな性質のがん細胞が混在しており、この多様性が診断マーカーや治療法の開発を難しくしています。
ムチンは粘液の主成分となる高分子の糖タンパク質で、上皮細胞の接着、極性、細胞内シグナル、免疫応答などに関わります。膵臓がんでは、MUC1・MUC4・MUC5ACなどのムチンが腫瘍の進展・浸潤・転移・薬剤抵抗性と関連することが報告されています。しかし従来の多くの研究は平面(2次元)培養や組織標本を対象としており、膵臓がん細胞が立体構造をつくったときにムチン発現がどう変化するかは十分に分かっていませんでした。本研究は、膵臓がん細胞の2次元培養と3次元培養を比較し、ムチンタンパク質の発現変化をプロテオーム解析と免疫細胞化学的解析で明らかにすることを目的としました。
研究成果の概要
本研究では、8種類のヒト膵管腺癌(膵臓がん)細胞株(上皮系5種類、間葉系3種類)を用い、通常の2次元培養と、細胞が立体的に増殖する3次元培養でムチンの発現を比較しました。
まずプロテオーム解析で各条件のムチンを網羅的に調べたところ、2次元培養ではMUC1・MUC4・MUC5B・MUC19・MUC20の5種類が検出され、3次元培養ではこれらに加えてMUC2・MUC5AC・MUC13が検出されて合計8種類が確認されました。また、3次元培養では検出されるペプチド数が増加し、一部のムチンで発現量の増加がみられました。
次にこれらのムチンについて免疫細胞化学染色を行い、H-score(発現量の半定量指標)で評価しました。MUC1はすべての細胞株で発現し、複数の細胞株で3次元培養により増加しました。特に注目すべきは、MUC5ACが2次元培養では検出されなかった一方、3次元培養では上皮系細胞株すべてで明瞭に誘導されたことです。これは、立体構造をつくることで平面培養では見えにくいムチン発現プログラムが顕在化することを示しています。一方、間葉系細胞株ではムチン発現はMUC1に限られていました。以上の結果から、MUC1・MUC5AC・MUC4を組み合わせたパネルは、3次元培養下での膵臓がん細胞の性質、特に上皮系・間葉系の違いを評価する候補になりうると考えられます。
図1.研究の概要
8種類のヒト膵管腺癌細胞株を2次元培養および3次元培養で培養し、プロテオーム解析によりムチン発現を網羅的に解析した。さらに免疫細胞化学染色を行い、H-scoreにより発現量と局在を評価した。

図2.上皮系および間葉系膵臓がん細胞株におけるムチン発現の違い
上皮系細胞株では、3次元培養によりMUC5AC・MUC4など複数のムチンが誘導された。一方、間葉系細胞株では主にMUC1に限られ、細胞の性質に応じた発現パターンの違いが示された。

図3.2次元培養と3次元培養におけるムチン発現の比較
2次元培養では5種類、3次元培養では8種類のムチンが検出された。特にMUC5ACは、3次元培養により上皮系膵臓がん細胞株で明瞭に誘導された。

研究の意義
本研究により、次の点が明らかになりました。
- 膵臓がん細胞のムチン発現は、培養環境、特に立体構造の形成によって大きく変化すること
- 平面培養では検出されにくいMUC5ACなどのムチン発現が3次元培養で顕在化すること
- 上皮系細胞株では多様なムチン発現が誘導される一方、間葉系細胞株ではMUC1のみが発現すること
- MUC1・MUC5AC・MUC4の組み合わせが、膵臓がん細胞の性質を評価する候補パネルとなりうること
3次元培養は、細胞間の接着や細胞の極性、酸素・栄養の濃度勾配など、平面培養では再現しにくい腫瘍組織に近い環境を部分的に再現します。そのため、実際の腫瘍内で生じるムチン発現の多様性や可塑性をより適切に評価できる可能性があります。
今後の診断・治療への貢献の可能性
【診断・早期発見】ムチンは、膵臓がんと類似したがんを見分ける病理診断にも実際に使われています。本研究が示したMUC1・MUC5AC・MUC4の組み合わせでがんの“顔つき”(悪性度や転移しやすさに関わる性質)を見分ければ、膵臓がんのより詳細な性質(多様性)の診断につながる可能性があります。
【治療標的】
MUC1を標的にしたワクチンや抗体医薬の臨床試験がすでに進行中で、MUC1やMUC4を抑えると抗がん剤が効きやすくなるとの報告もあります。「本物の腫瘍で実際にどのムチンが出ているか」を正しくとらえることは、狙うべき治療標的を選ぶことに直結します。
【個別化医療】
立体培養は本物の腫瘍に近い環境を再現するため、薬の効き目を試すモデルとして有用です。将来的に患者さん自身のがんを立体培養した「オルガノイド」などへ応用すれば、一人ひとりに合った診断・治療(個別化医療)の基盤になりうると期待されます。
掲載論文
雑誌名:PLOS One
論文名:Mucin expression in pancreatic ductal adenocarcinoma cell lines in 2D and 3D cultures: a proteomic and immunocytochemical analysis
著者:志智 優樹1†、津元 裕樹 2†、藤原 正和1、野中 敬介1、長谷川康子1、進士誠一1,3、六反啓文4、髙橋公正5、新井冨生4、三浦ゆり2、石渡俊行1*
1. 東京都健康長寿医療センター研究所 老年病理学研究チーム 高齢者がん研究
2. 東京都健康長寿医療センター研究所 老化機構研究チーム プロテオーム研究
3. 日本医科大学 消化器外科
4. 東京都健康長寿医療センター 病理診断科
5. 日本獣医生命科学大学 獣医学部 獣医病理学研究室
†共同筆頭著者 *責任著者
掲載日: 2026年7月17日(金)午前3時(日本時間)
DOI: (0353991)10.1371/journal.pone.0353991(0353991)
URL: https://doi.org/10.1371/journal.pone.0353991(0353991)
研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究C:24K11881、25K12018、22K08835、22K08882)の支援を受けて実施されました。
お問い合わせ
東京都健康長寿医療センター
老年病理学研究チーム
高齢者がん研究
石渡 俊行
Email: tishiwat@tmig.or.jp