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- なぜ歩行機能の低下は認知症発症と関連するのか? ―背景要因を整理した総説を発表―
―背景要因を整理した総説を発表―
発表ポイント
- 高齢期の歩行機能低下が認知症発症リスクと関連する背景について、アルツハイマー病関連病理、生活習慣、健康状態、ライフコースの観点から整理した
- 歩行機能の低下は、アルツハイマー病に特異的な診断指標ではないが、脳の健康状態を反映する重要な非認知的サインである可能性がある
- 本総説は、認知症予防や発症遅延に向けて、高齢期だけでなく人生の早い段階から生活習慣を含めた包括的な健康管理が重要であることを示唆
発表内容の概要
東京都健康長寿医療センター研究所の桜井良太専門副部長と、ウエスタン大学(カナダ)のManuel Montero-Odasso教授らの研究チームは、高齢期の歩行機能低下とアルツハイマー型認知症を含む認知症発症との関連について、その背景要因を整理した総説を、国際学術誌 Geriatrics & Gerontology International (8月3日付)に発表しました。
本総説では、既存研究をもとに、歩行機能低下とアルツハイマー病関連病理を結びつける可能性のある背景要因を整理し、複数の経路が重なり合ってこの関連を形成している可能性を提案しました。
背景
近年、歩行は単なる運動機能ではなく、高齢者の全身状態や脳の健康を反映する重要な指標として注目されています。特に、歩行速度の低下や歩行の変動性の増大は、認知症発症リスクの上昇と関連することが報告されています。これまでの研究では、歩行機能の低下を示す高齢者では、認知症発症リスクが約1.2〜2.3倍高いことが示されています。
また、歩行機能が低下している高齢者では、アルツハイマー病(以下AD)に関連する病理変化であるアミロイドβやタウの蓄積、海馬萎縮などがみられることも報告されています。ただし、歩行機能低下はアルツハイマー病に特異的な症状ではなく、血管性認知症、レビー小体型認知症、パーキンソン病、フレイル、整形外科疾患など、さまざまな病態でも生じます。そのため、歩行機能低下と認知症発症の関連を理解するには、「歩行機能低下がアルツハイマー病を直接引き起こす」と単純に捉えるのではなく、血管性要因、身体活動、神経変性、生活習慣、加齢による身体機能低下などを含めた包括的な視点が必要です。
成果の概要
本総説では、歩行機能低下とAD関連病理の関係について、既存研究を整理しました。その結果、研究間で多少の結果の違いはあるものの、歩行機能低下はアミロイドβ、タウ、神経変性、海馬萎縮などのAD関連病理と関連する可能性が示されました。
一方で、これらの関連はADに特異的なものとは限らず、血管病変や全身性の健康状態などが影響している可能性もあります。そこで本総説では、歩行機能低下とAD関連病理の関連を説明しうる背景要因として、以下の4つの観点を整理しました(図1)。

本総説では、「共通するリスク要因」として心血管疾患、肥満、喫煙、身体活動不足、うつ病を取り上げているが、代謝異常、視力低下、聴力低下、外傷性脳損傷なども修正可能な要因として挙げられる。また、性、年齢、APOE遺伝子型などが修正不可能な要因として、潜在的な共通危険因子となり得る(これら要因は、論文では別紙にまとめている)。
1. 共通するリスク要因
認知症のリスクを高める生活習慣や健康状態の中には、歩行機能の低下にも関わるものがあります。例えば、心血管疾患、身体不活動、肥満、喫煙、抑うつなどは、認知機能と歩行機能の両方に影響する可能性があります。特に心血管疾患や脳小血管病は、脳血流や白質のネットワークに影響し、認知機能だけでなく歩行制御にも関わることが知られています。したがって、歩行機能低下と認知症発症の関連の一部は、両者に共通する血管性・生活習慣性の背景要因によって説明される可能性があります。
2. AD関連病理が歩行機能に影響する可能性
ADに関連する病理変化は、認知症の症状が明らかになる10〜20年前から進行していると考えられています。アミロイドβやタウの蓄積、神経細胞の障害、海馬萎縮といったADに関連する病理変化は、記憶に関わる領域だけでなく、運動制御や認知と運動の統合に関わる神経ネットワークにも影響する可能性があります。そのため、明確な認知機能障害が現れる前に、歩行速度の低下など、微細な歩行機能の変化が表れる可能性があります。ただし、歩行機能低下をAD関連病理の直接的な診断指標とみなすには、現時点では十分な証拠があるとは言えません。
3. 歩行機能低下に伴う要因が脳の健康に影響する可能性
フレイル、筋力低下、関節疾患などにより歩行機能が低下した場合、身体活動量が減少する可能性があります。身体活動の低下は、脳血流の低下、炎症、血管機能の低下、神経栄養因子の減少などを通じて、脳の健康に影響すると考えられています。また、歩行機能が低下した状態で歩き続けることにより、通常よりも多くの認知的・神経的資源を使って歩行を補償している可能性もあります。このような補償的な脳活動が長期的にAD関連病理に影響する可能性も提案されていますが、この点は現時点では仮説段階であり、今後の検証が必要です。
4. 幼少期からのライフコース要因
近年、歩行機能と認知機能の関係は高齢期だけで形成されるものではなく、幼少期から中年期にかけての健康状態や生活環境の影響を受ける可能性が指摘されています。
長期縦断研究では、45歳時点で歩行速度が遅い人は、小児期の認知機能が低く、中年期の認知機能低下も大きい傾向があることが報告されています。このような知見は、幼少期の経験や発達環境が、老年期の歩行機能や認知機能に対する「脆弱性」や「回復・維持する力」に影響する可能性を示しています。つまり、歩行機能と認知機能は別々の機能ではなく、生涯にわたる脳と身体の健康状態が反映された相互に関連する指標と考えられます。

図2. 認知症の臨床段階における歩行機能低下
縦線部は、アルツハイマー病関連病理の進行過程において、歩行機能低下が出現し得る時期を示している。歩行機能低下は、Aβおよびタウ蓄積の後、明らかな認知機能低下に先行して、または認知機能低下と並行して現れる可能性がある。研究成果の意義
本総説は、歩行機能低下と認知症発症の関連を、単一の原因で説明するのではなく、複数の背景要因が重なり合う現象として整理した点に意義があります。多くの場合、歩行機能低下はAD関連病理を直接促進する原因というよりも、脳や身体の健康状態を反映する表現型、すなわち非認知的なサインである可能性があります(図2)。そのため、歩行機能を定期的に評価することは、高齢者の健康リスクを早期に把握するうえで有用と考えられます。
ただし、歩行機能低下だけで認知症やアルツハイマー病を診断できるわけではありません。歩行機能は、神経疾患、血管病変、筋力低下、関節疾患、感覚機能低下、身体活動量など、さまざまな要因の影響を受けます。そのため、歩行機能に変化が認められた場合には、認知機能だけでなく、身体機能、生活習慣、血管リスク、心理状態、社会的環境などを含めて総合的に評価することが重要です。
本総説で提案した複数のメカニズムは、相互に独立したものではなく、重なり合い、相互作用している可能性があります。したがって、認知症の発症を遅らせ、健康な高齢期を支えるためには、高齢期だけでなく人生のより早い段階から、身体活動、生活習慣、血管リスク、心理社会的健康を包括的に捉える視点が必要です。
掲載論文
国際雑誌「Geriatrics & Gerontology International」(8月3日付)
Gait Impairment and Alzheimer’s Disease Pathology: A Narrative Review on Mechanistic Links
(歩行機能低下とアルツハイマー病の病理:その機序に関する総説)
【著者】
桜井 良太(東京都健康長寿医療センター研究所)
Manuel Montero-Odasso(ウエスタン大学/カナダ)
お問い合わせ
東京都健康長寿医療センター
社会参加とヘルシーエイジング研究チーム 専門副部長
桜井良太
Email: sakurair@tmig.or.jp