- HOME
- プレスリリース
- 障害物の「形」に応じて足の軌跡は変わる? ―若年者と高齢者のまたぎ越し動作を比較―
―若年者と高齢者のまたぎ越し動作を比較―
発表ポイント
- 若年者と高齢者を対象に、矩形およびアーチ型の障害物をまたぐ際の足の軌跡を比較
- 若年者は、アーチ型障害物よりも、矩形障害物をまたぐ際に、足を高く上げていた
- 高齢者では、障害物の形状による足の軌跡の明瞭な違いは検出されなかった
発表内容の概要
東京都健康長寿医療センター研究所の桜井良太専門副部長らの研究グループは、若年者と高齢者を対象に、形状の異なる障害物をまたぐ際の足の軌跡を比較しました。その結果、若年者はアーチ型障害物よりも、矩形障害物をまたぐ際に、足を高く上げていました。一方、高齢者では、障害物の形状に応じた足の軌跡の明瞭な違いは検出されず、若年者とは障害物の特徴に応じた動作調整が異なることが明らかとなりました。この研究成果は、国際雑誌「Human Movement Science」(7月22日付)に掲載されました。
背景
日常生活では、道路の縁石やコードカバーなど、形や大きさの異なるさまざまな障害物をまたぐ必要があります。障害物につまずかないためには、その高さだけでなく、形状や縁の位置などの特徴を捉え、それに応じて足の動きを調整することが重要です。
これまで、障害物をまたぐ動作に関する多くの研究では、足が障害物の真上を通過する瞬間の「足と障害物との距離」に着目してきました。しかし、このような一時点の測定だけでは、足を持ち上げ始めてから障害物を越え、再び着地するまでに、足の軌跡がどのように調整されているかを十分に捉えることができません。また、従来の研究では、主に障害物の高さや奥行きの影響が検討されており、同じ程度の大きさであっても、矩形やアーチ型といった形状の違いによって、またぎ越し動作がどのように変化するかは十分に明らかにされていませんでした。
研究方法と成果の概要
そこで本研究では、若年者14名と高齢者14名を対象に、形状の異なる障害物をまたぐ実験を行いました。足の動きはモーションキャプチャー装置を用いて計測しました。
障害物には、道路の縁石を想定した、明瞭な垂直面と縁をもつ矩形障害物と、コードカバーを想定した、表面がなだらかなアーチ型の障害物を用いました(図1)。それぞれについて、大型(高さ5cm、奥行16cm)と小型(高さ2.5cm、奥行8cm)の障害物を設定しました。足の軌跡は、足先が地面を離れた瞬間を0%、再び着地した瞬間を100%として時間を標準化し、SPM(Statistical Parametric Mapping:統計的パラメトリックマッピング)という手法で比較しました。この手法により、障害物を越える一瞬だけでなく、足を振り出してから着地するまでの軌跡全体の、どの区間に違いがあるかを調べることができます。

実験の結果、若年者では、アーチ型障害物と比べて矩形障害物をまたぐ際に、先に障害物を越える足をより高く持ち上げていました。この違いは、足が地面を離れてから約30%が経過した時点から、障害物を越える直前までの比較的長い区間にわたって認められました(図2)。この傾向は、小型と大型のいずれの障害物でも確認されました。また、この区間における矩形障害物とアーチ型障害物との足の高さの平均的な差は、どちらの大きさでも約3.7 cmでした。この結果は、若年者が障害物の高さや奥行きだけでなく、矩形障害物にある明瞭な垂直面への接触を避けるように、足の軌跡を早い段階から調整していた可能性を示しています。
一方、高齢者では、矩形障害物とアーチ型障害物をまたぐ際の足の軌跡に、統計学的に有意な違いは検出されませんでした。形状に応じた軌跡の調整が若年者ほど明瞭でなかった可能性に加え、調整の仕方に個人差が大きく、集団として一貫した違いが現れにくかった可能性も考えられます。

研究成果の意義
本研究により、若年者では、矩形障害物にある「縁」を考慮して、障害物を越えるかなり前の段階から足の軌跡が調整されることが明らかになりました。一方、高齢者では、このような障害物の形状に応じた軌跡の違いは明瞭に検出されませんでした。矩形障害物は、表面がなだらかなアーチ型障害物と異なり、垂直面に足が接触すると、足の前方への動きが妨げられる可能性があります。そのため、形状の違いに応じて足の軌跡を調整することは、障害物との接触を避けるうえで重要と考えられます。
我々の研究グループはこれまでにも、障害物の高さを本人が気づかない程度に変化させる実験を行っています。その結果、障害物が高くなった場合には若年者と高齢者のいずれも足を高く上げましたが、低くなった場合では若年者のみが足を低く調整し、高齢者ではそのような調整は確認されませんでした(Sakurai et al., Sci Rep., 2022)。これらの結果は、危険性が増すような環境変化に対しては、年齢にかかわらず動作を調整できる一方、比較的危険性が低い状況では、高齢者の動作調整が明瞭に現れにくい可能性を示しています。これまでの研究と本研究の結果を合わせると、高齢者では、矩形障害物の「縁」を、足の軌跡を変えるほど大きな危険として捉えていなかった可能性があります。形状ごとに細かく足の動きを変えず、一定の安全余裕を保つことも、高齢者なりの適応であったのかもしれません。
本研究は、高齢者の障害物の特徴に応じた調整の仕方が、若年者とは異なる可能性を示しています。今後、より多くの対象者を調査するとともに、視線や障害物の認識、実際の接触・つまずきとの関係を検討することで、高齢者にとって安全な歩行環境や障害物の形状を考えるうえでの基礎的知見につながることが期待されます。
掲載論文
国際雑誌「Human Movement Science」(現地時間7月22日付)
Effects of vertical edge presence on foot trajectory during obstacle crossing in younger and older adults
(若年者と高齢者における障害物の「縁」が障害物またぎ越しに与える影響)
【著者】
桜井 良太(東京都健康長寿医療センター研究所)
須田 祐貴(東京都立大学)
三浦 有花(東京都立大学)
児玉 謙太郎(東京都立大学)
お問い合わせ
東京都健康長寿医療センター
社会参加とヘルシーエイジング研究チーム 専門副部長
桜井良太
Email: sakurair@tmig.or.jp