2026.09.07
プレスリリース
老化機構研究チーム
免疫性血小板減少症の治療薬ホスタマチニブはミトコンドリア呼吸鎖超複合体を増やして筋機能を改善する
−ホスタマチニブのサルコペニア・筋肉疾患への応用に期待−

発表(研究)のポイント

  • ミトコンドリアの中にあるタンパク質の集合体であるミトコンドリア呼吸鎖超複合体は、多くのエネルギーを作り出したり、筋機能を高めたりするために重要な役割を担います。
  • 本研究では、免疫性血小板減少症の治療薬であるホスタマチニブの活性代謝物R406が筋肉細胞でミトコンドリア呼吸鎖超複合体を増加させたりミトコンドリアの代謝を活性化したりすることを明らかにしました。
  • ホスタマチニブを与えた高齢のマウスでは筋機能の改善が認められました。
  • ホスタマチニブは、加齢に伴う筋量および筋力の低下であるサルコペニア、および他の筋肉疾患の治療・予防への応用が期待できます。


研究内容の概要

 ミトコンドリアは酸素を消費しつつエネルギーを生成しており、筋機能に重要な役割を担っています(文献1)。私たちのグループは、ミトコンドリアのタンパク質の集合体であるミトコンドリア呼吸鎖超複合体がエネルギーの生成および筋機能の向上に重要であることを明らかにしています(文献2、3)。さらに、これまでの研究からspleen tyrosine kinase (SYK)というリン酸化酵素の適度な抑制がミトコンドリア呼吸鎖超複合体を増やすことを明らかにしています(文献4)。
 本研究ではSYKを標的として自己免疫疾患である免疫性血小板減少症の治療に用いられる薬剤であるホスタマチニブに注目しました。まず、ホスタマチニブの活性代謝物であるR406をマウスの筋肉細胞モデルであるC2C12細胞に処理したところ、ミトコンドリア呼吸鎖超複合体の増加が認められました。それに加えてミトコンドリアの酸素消費量が増加しており、ミトコンドリア代謝の活性化が示唆されました。次に、高齢マウスにホスタマチニブを与えたところ、筋機能の改善が認められました。また、ホスタマチニブを与えたマウスの大腿四頭筋では筋機能に重要な遺伝子群の発現が増加していました。
 これらの結果から、ホスタマチニブはミトコンドリア呼吸鎖超複合体を増やしてミトコンドリアの代謝を高め、筋機能を改善する可能性が示されました。本成果はサルコペニアを含む筋肉疾患の新しい治療・予防法の開発、および元気につながる生命現象の解明と制御に貢献するものと期待されます。

概要図V2(概要図)

研究の目的

 ミトコンドリアは筋肉細胞も含めたほとんどの細胞の中に存在し、酸素を消費してエネルギーを作り出しています。この過程には、ミトコンドリアの中にある呼吸鎖複合体と呼ばれるタンパク質複合体が大きな役割を担っています。私たちはこれまでに、3種類の呼吸鎖複合体(複合体I、III、およびIV)が集まってより大きな構造体(ミトコンドリア呼吸鎖超複合体)となって働くことで、より多くのエネルギーが作られることや、マウスで筋機能が向上することを明らかにしました(文献2-5)。さらに、リン酸化酵素であるSYKの阻害がミトコンドリア呼吸鎖超複合体を増やすことを見出しており(文献4)、サルコペニアを含む筋肉疾患の新しい治療・予防法の開発へのSYKの応用が期待されます。本研究では、SYKを標的とする薬剤であるホスタマチニブについて、そのミトコンドリア呼吸鎖超複合体および高齢マウスの筋機能等への効果を評価して、サルコペニアを含む筋肉疾患への応用を検討することを目的としました。

研究成果の概要

 ホスタマチニブは腸で代謝され、活性代謝物であるR406となり作用します。そこで初めにR406をマウスの筋肉細胞モデルであるC2C12細胞に処理してミトコンドリア呼吸鎖超複合体に及ぼす効果を解析しました。私たちが独自に開発したミトコンドリア呼吸鎖超複合体の可視化・空間定量化法および生化学的手法を用いて調べたところ、R406の処理によりミトコンドリア呼吸鎖超複合体の増加がみられました。またR406を処理したC2C12細胞ではミトコンドリアの酸素消費量が増加しており、ミトコンドリアの代謝が活性化することが示されました。
 次にホスタマチニブを高齢マウスに与えて、握力測定試験等により筋機能を評価したところ、ホスタマチニブを与えたマウスで筋機能が改善することが明らかとなりました。ホスタマチニブの投与したマウスの大腿四頭筋で遺伝子の発現をRNAシーケンス解析により調べたところ、筋機能に重要なアクチンの重合や活動電位に係る遺伝子群の発現が増加していました。これらの結果はホスタマチニブが高齢マウスの筋肉の質を高めて筋機能を改善する可能性を示しています。

研究の意義

 ホスタマチニブはSYKを標的として免疫性血小板減少症の治療に用いられる薬剤です。本研究ではミトコンドリア呼吸鎖超複合体という観点からホスタマチニブを解析することで、ホスタマチニブが筋肉細胞でミトコンドリア呼吸鎖超複合体を増やしたりミトコンドリア代謝を活性化したりするという新しい作用を見出すとともに、高齢マウスの筋機能を改善することを明らかにしました。サルコペニアおよび他の筋肉疾患の新しい治療・予防法の開発、および筋肉の健康増進に向けたホスタマチニブの応用が期待されます。
 この研究成果は英国時間8月24日に「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。

掲載論文

論文タイトル:SYK inhibitor fostamatinib promotes mitochondrial respiratory chain supercomplex formation and improves skeletal muscle function in aged mice
著者名(英):Toshihiko Takeiwa1, Wataru Sato2, Kotaro Azuma3, Kazuhiro Ikeda2, Kuniko Horie2 & Satoshi Inoue1,2
著者名(和):竹岩 俊彦1、佐藤 航2、東 浩太郎3、池田 和博2、堀江 公仁子2、井上 聡1,2
所属:1東京都健康長寿医療センター研究所 システム加齢医学、2埼玉医科大学 医学部 ゲノム応用医学、3東京大学大学院 医学系研究科 加齢医学
掲載誌名、巻号・ページ:Scientific Reports, in press
掲載日:2026年8月24日
リンク:https://www.nature.com/articles/s41598-026-65610-5

研究助成

 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)ユニットタイプ「元気につながる生命現象の解明と制御」開発研究領域の研究開発課題「心身の元気をもたらす呼吸鎖超複合体動態制御の解明とその応用」(JP26gm2110001)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)(JP26K09910, JP24K02505, JP21H04829)、中冨健康科学振興財団 研究助成、神澤医学研究振興財団 研究助成、および東京都健康長寿医療センター理事長賞の支援を受けて実施されました。

文献

1. Lundby C and Jacobs RA. Adaptations of skeletal muscle mitochondria to exercise training. Exp. Physiol. 101, 17-22, 2016.
2. Ikeda K, Shiba S, Horie-Inoue K, Shimokata K, and Inoue S. A stabilizing factor for mitochondrial respiratory supercomplex assembly regulates energy metabolism in muscle. Nat. Commun. 4, 2147, 2013.
3. Ikeda K, Shiba S, Yokoyama M, Fujimoto M, Horie K, Tanaka T, and Inoue S. Mitochondrial Respiratory Supercomplex Assembly Factor COX7RP Contributes to Lifespan Extension in Mice. Aging Cell 25, e70294, 2026.
4. Kobayashi A, Azuma K, Takeiwa T, Kitami T, Horie K, Ikeda K, and Inoue S. A FRET-based respirasome assembly screen identifies spleen tyrosine kinase as a target to improve muscle mitochondrial respiration and exercise performance in mice. Nat. Commun. 14, 312, 2023.
5. Azuma K, Ikeda K, and Inoue S. Functional Mechanisms of Mitochondrial Respiratory Chain Supercomplex Assembly Factors and Their Involvement in Muscle Quality. Int. J. Mol. Sci. 21, 3182, 2020.

用語解説

1) ミトコンドリア呼吸鎖超複合体:ミトコンドリアの中には呼吸鎖複合体と呼ばれるタンパク質複合体があり、それらは酸素を消費してエネルギーを生成する過程に関わっています。ミトコンドリア呼吸鎖超複合体は、3種類の呼吸鎖複合体(I, III, IV)が作る巨大な複合体であり、エネルギーの生成や筋機能に重要な役割を担うことが解明されつつあります。
 
2) Spleen tyrosine kinase (SYK):タンパク質に含まれるアミノ酸残基のチロシンをリン酸化するリン酸化酵素であり、免疫シグナルに重要であることが知られています。
 
3) サルコペニア:加齢などに伴う筋量および筋力の低下を指し、転倒・骨折や要介護のリスクとなります。高齢化の進む本邦および世界において、サルコペニアの新しい治療・予防法の開発が求められています。
 
4) RNAシーケンス解析:遺伝子の発現量を全体的かつ詳細に調べる方法。
 
5) アクチン:細胞の中にあるタンパク質であり、互いに集まって(重合して)繊維状の構造を作ります(アクチン繊維)。アクチン繊維は筋肉の構造や収縮運動に不可欠な役割を担います。
 
6) 活動電位:細胞膜上で生じる一瞬の電気的信号であり、筋肉の収縮運動を引き起こすスイッチとなります。





お問い合わせ
地方独立行政法人
東京都健康長寿医療センター
老化機構研究チーム 
システム加齢医学
研究部長 井上 聡



TEL:03-3964-3241
メールsinoue@tmig.or.jp
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