2026.10.05
プレスリリース
加齢変容研究チーム
認知症発症を加速する男性ホルモン作用の破綻の仕組みを解明

発表内容の概要

 加齢により発症が増加するアルツハイマー型認知症は認知症の中で最も多い疾患となっており、社会の高齢化に伴いその発症の仕組みの解明、予防、治療法の開発は喫緊の課題です。東京都健康長寿医療センター研究所 分子細胞代謝 高山賢一研究副部長、システム加齢医学 井上聡研究部長、神経病理 齊藤祐子研究部長らはアルツハイマー型認知症に予防的な作用をもつ男性ホルモンの脳や神経で働く仕組み、また加齢や認知症発症に伴い破綻する仕組みを発見しました。この仕組みにより認知症の発症が加速することが考えられ、新たな治療法や予防につながる可能性を示しました。本研究結果は国際学術誌「iScience」に掲載されました。

研究目的

 男性ホルモンであるアンドロゲンは成長期における体の成長や男性の生殖活動を支えるだけでなく、成人における筋力の維持、心臓、血管関連疾患や肥満、生活習慣病の予防を担っています。さらに脳において記憶などの認知機能の維持を担い認知症やうつ病を予防する効果があることも知られています(図1)。加齢によりアンドロゲンが徐々に減少することで認知機能が抑制されること、またアンドロゲン作用が活性化された前立腺がんの治療でアンドロゲンの作用を急激に抑制する治療により認知症にかかりやすくなることが報告されており、男性ホルモンの作用は認知症を予防する脳の活性を支えるために重要な働きをしていると考えられています。しかしながら、アンドロゲンがどのように脳や神経で働いているのか、また加齢によるその破綻機構は十分わかっていませんでした。そこで本研究では認知症を予防するためのアンドロゲンの働きを当センターブレインバンクにおいて認知症患者様より御検体いただき貯蔵されている脳の組織を利用することで解析しました。

図1

研究成果の概要

 本研究では、DNAやRNA1を高速で解析するシークエンサー2、ヒトの神経モデル細胞を用いてアンドロゲンの作用を分子レベルで明らかにしました。アンドロゲンは細胞の中に入ると「ホルモン受容体」と呼ばれているタンパク質と結合します(図2)。
 この受容体タンパク質はホルモンと結合することで標的とする遺伝子に結合し、その細胞内での働きを活性化することがわかっています。私たちはDNAシークエンサーを用いた解析によりヒトの神経細胞モデルにおけるこの受容体タンパク質が結合する標的DNA部位を明らかにしました。その結果、これまで知られていなかった特定の遺伝子作用を制御するタンパク質(転写因子)との協調作用が重要であり、その相互作用により神経発生や機能を制御する遺伝子群を標的とする働きを見出しました(図3)。

図2図3

 さらに、正常ならびに認知症の患者様からの脳検体からも同様にアンドロゲンの標的部位を同定し、脳組織特異的なアンドロゲン制御機構を転写因子相互作用の観点から明らかとしました。また認知症を予防するために重要な神経細胞における機能(エネルギー代謝、ミトコンドリア呼吸鎖、タンパク質代謝)をアンドロゲンが制御していることを明らかとしました。これらの作用は認知症患者様の検体では病気の進展にともない抑制されており、そこには転写因子相互作用の「加齢」「炎症」にともなう変化が関わっていることを見出しました(図4)。
 なお、研究の遂行および発表におきまして文部科学省科学研究費助成事業、認知症未来社会創造センター(IRIDE)および国立研究開発法人日本医療研究開発機構・革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)(事業名「元気につながる生命現象の解明と制御」研究開発課題「心身の元気をもたらす呼吸鎖超複合体動態制御の解明とその応用」)などから研究費の支援を賜りました。

図4

研究の意義

 アンドロゲンは男性の精巣および副腎において産生され血液を通して運ばれ様々な組織で働くことが知られています。アンドロゲンの男性での産生は30代ごろより徐々に減少が見られ、男性特有の疾患(心臓血管疾患や生活習慣病)や加齢に伴う疾患(サルコペニア、認知症)などに関わります(図1)。しかしながらホルモン作用は血液中のホルモン濃度のみならず、各組織(脳、脂肪、筋肉、骨など)においても局所的に代謝され、その活性が変化すること、また様々なホルモン受容体の活性を修飾するタンパク質など相互作用する分子の働きも重要だと知られてきました。アンドロゲンの研究が最も進んでいる疾患である前立腺がんではいくら血中のアンドロゲンを低下させる治療を行ってもがん細胞がこれらの局所的なアンドロゲン産生、ホルモン受容体の制御分子を様々に変化させ、その活性を保ち続けることが近年わかってきました。本研究は加齢や認知症などの老年病疾患の発症においてもアンドロゲン濃度のみならずその標的細胞でのホルモン作用を支える仕組みの変化が重要であることを初めて示しました。
 男性ホルモン低下症(男性更年期/加齢性性腺機能低下症)の患者様にはアンドロゲンを補充する治療が効果的で広く臨床に用いられています。しかしながら高齢者においては作用が限定的であること、単純にアンドロゲンを補っても認知症は改善しないこともわかっています。今後新たな視点でホルモン作用をとらえることで認知症や老年病治療の創出につながることが期待されます。
参考:第173回老年学・老年医学公開/性ホルモンの働きによる脳の健康維持と認知症予防。

掲載論文

Kenichi Takayama, Yutaka Suzuki, Yuko Saito, Takashi Suzuki, Shuichi Tsutsumi, Hiroyuki Aburatani, Satoshi Inoue
Dysregulation of Neuronal Androgen Receptor Signaling by Divergent Collaborative Transcription Factors in Alzheimer’s disease. iScience (in press)


用語解説

(1) DNA・RNA:生物はすべて小さな細胞から成り立っています。細胞の中心には核とよばれる構造があり、中に遺伝情報を記録したDNAが集積しています。DNAの遺伝情報を読み取ると遺伝情報を伝令するRNA(messenger RNA, mRNAとも呼ばれる)を産生し遺伝子が活性化されます。
(2) シークエンサー:遺伝子の情報であるDNAの配列(ゲノム)を読み取る機器、近年の技術の発展によりヒトの全ゲノム情報を高速(数時間)で解読することが可能になった。




お問い合わせ

地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター
加齢変容研究チーム 分子細胞代謝 研究副部長
高山賢一
電話03-3964-3241
E-mail:takayama@tmig.or.jp


老化機構研究チーム システム加齢医学 研究部長
井上聡
電話03-3964-3241
E-mail :sinoue@tmig.or.jp



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