2026.08.21
研究トピックス
加齢変容研究チーム
働いて働いて働いて働いて働く筋肉の話 ―健康寿命を支える骨格筋の科学―

加齢変容研究チーム 中村晃大 


はじめに

 私たちの身体を動かす骨格筋は、すべて集めると体重の40%に及ぶ巨大な臓器です。骨格筋は運動に寄与するだけでなく、体温調節や血液循環の補助、内分泌機能(ホルモンを産生して体内の様々な部位に影響を与える機能)など様々な働きを持ちます。骨格筋の量や質を保つことが健康のために重要である一方で、骨格筋がカギとなる様々な疾患が存在します。超高齢化社会の中で健康な生活を維持するためには、私たちの健康寿命を支えている骨格筋をより深く理解することが重要と考えられます。本トピックでは、骨格筋の働きぶりについて細胞レベルの話から、健康寿命への関与、そして筋疾患克服に関する最新の研究まで紹介します。

骨格筋の機能

 筋肉は骨格筋、心筋、平滑筋の3つに分類されますが、私たちの体を動かすのは骨格筋です。心筋は心臓を構成し、平滑筋は消化管や血管を構成しています。骨格筋は全身に600個以上存在し、小さいものは長さ数㎜、長いものは数10㎝に及びます。その形状は、まっすぐ伸びているものや、輪っか状のものなど様々です。私たちの体は多種多様な細胞で構成されていますが、骨格筋も細胞でできています。一般的な細胞は、細胞膜の中に核が1つ存在する単核細胞ですが、骨格筋は細長い形をしており、核が多数存在する多核細胞です。太さは約10μm~100μmで、骨格筋細胞はその線維状の見た目から筋線維と呼ばれています。上述の通り長いもので数10㎝の骨格筋もありますが、筋線維は端から端まで途切れることなく1つの細胞が伸びています。この筋線維が束になることで骨格筋が形成されています。


 骨格筋の持つ役割は、運動、呼吸、臓器の保護、衝撃の吸収、血液循環の補助、糖や脂質の代謝、体温調節、内分泌機能など非常に多岐にわたります。これらの機能は筋肉の収縮が基盤となるのですが、過度に収縮することで損傷してしまいます。しかしながら、骨格筋は非常に高い再生能力を備えています。そのカギを握っているのが骨格筋幹細胞です。普段は筋線維にくっついて眠っている状態で損傷に備えていますが、損傷刺激によって速やかに活性化・増殖をして筋芽細胞となります。その後、増殖した筋芽細胞同士が融合して多核の筋管細胞へと形を変え、筋線維と融合することで再生が完了します。また、骨格筋幹細胞が枯渇しないように、一部の細胞は融合せず、再び休眠状態へと戻ります。この機能のおかげで私たちは筋肉を酷使し、損傷を繰り返しても骨格筋の再生力を維持できていると考えられています。

骨格筋の健康寿命への関わり

超高齢化社会となった日本では、平均寿命と健康寿命は年々増加する傾向にあります。しかしながら、両者には約10年の差があり、この日常生活に制限のある期間をいかに短縮するか、健康寿命をいかに延伸するかが社会的な問題となっています。健康寿命や余命には筋力や歩行能力といった筋機能と、骨格筋量が大切であると示されています1)。加齢に伴う骨格筋量の減少と筋力の低下はサルコペニアと呼ばれており、筋力の衰え・活動量の低下・食欲の低下・低栄養の負のサイクルから抜け出すことが健康寿命の延伸に重要です。サルコペニアは転倒や骨折のリスクを高め、タンパク質分解の亢進、酸化ストレスの増加、死亡率の上昇にも関連することが知られています。一方で、サルコペニア対策として運動習慣や活動的な生活、そして体重1kgあたり1g以上のタンパク質摂取や必須アミノ酸の摂取が効果的と報告されています。加えて、近年マイオカインという骨格筋から分泌される生理活性物質が注目されており、運動の健康効果を再現する運動模倣薬としての応用が期待されています。マイオカインは骨格筋から安静時あるいは運動による筋収縮に応じて放出され、全身の臓器に影響します。その効果は、認知機能の改善・抗がん作用・炎症の抑制・骨の形成・脂肪の分解・神経細胞の成長・インスリンの分泌など多岐にわたります2)。現在マイオカインは100種類以上同定されていますが、ヒトにおいてその機能が特定されているのはわずかであり、様々な視点からサルコペニア克服に向けた研究がなされています。


筋肉の萎縮と肥大のメカニズム

 筋萎縮もしくは筋肥大は、タンパク質の分解と合成のバランスによって決定されます。タンパク質の分解は、加齢以外にも運動不足・栄養不足・入院による不活動・糖尿病・心不全・腎不全・COVID-19等により生じます。一方でタンパク質の合成は、筋力トレーニング・アナボリックステロイド・アミノ酸やタンパク質の摂取により促進されます。これらは現象としては知られているものの、どのような分子メカニズムで分解と合成のバランスが決定されているのか、その全容は未だ解明されていません。しかし近年、骨格筋の萎縮と肥大の理解には骨格筋以外の組織にも着目する必要性が示唆されています。筋線維周辺には、栄養を運ぶために血管が張り巡らされています。私たちは血管をつくる細胞から放出されるDLL4というタンパク質が、筋肉の萎縮を促す働きを持つことを発見しました3)。糖尿病モデルマウスにDLL4中和抗体(中和抗体:目的のタンパク質の働きを阻害する)を投与することで、筋萎縮が著しく抑制されました。DLL4の阻害は、不活動性の筋萎縮にも効果を持つことが分かっており、現在は、他にどのような筋萎縮に効果的か、またその詳細なメカニズムについて研究を進めています。

画像1_研究トピックス_中村先生図1. 骨格筋の肥大と萎縮のバランス

筋疾患克服へ向けた最新研究

 患者数の少ない希少疾患では、既存の知見を他の疾患へ応用することが新たな治療法開発につながると期待されています。私たちは、加齢性疾患だけでなく顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)という難治性筋疾患の治療法開発に関する研究もしています。FSHDは約7500人に1人が罹患しているといわれています。合併症として網膜症や高周波難聴があり、重症例では車いすでの生活が余儀なくされ、日常生活に大きく制限を受けてしまいます。通常は筋肉に存在しないDUX4という遺伝子が誤って作られることで発症すると考えられていますが、根本的な治療法は存在しません4)。近年、高齢マウスやデュシェンヌ型筋ジストロフィーモデルマウスの骨格筋に蓄積した鉄を除去することで、病態が改善されたとの研究が報告されており、生体内の鉄代謝が注目されています。私たちは、FSHD患者およびFSHDモデルマウスの骨格筋では鉄が蓄積していることを発見しました。鉄は体内で過剰になると酸化ストレスや細胞死が誘発されるため、鉄を除去することでFSHDモデルマウスの病態が改善するのではないかと仮説を立てました。鉄キレーターによる鉄の除去や、鉄欠乏食による鉄の摂取制限などを試みましたが、仮説とは逆に、低下した握力はさらに低下しました。そこで、鉄を減らすアプローチで悪化するのなら、逆に鉄を増やす介入で病態が改善するのではないかと発想を転換し、鉄添加食や貧血治療薬である鉄製剤の投与を試みたところ、握力の低下は著しく抑制されました。この治療効果は握力だけでなく、筋損傷の予防効果や網膜血管異常の改善効果を示し、FSHDにおける鉄代謝へのアプローチが新たな治療法となり得る可能性が示されました5, 6)。一方で、鉄は生命維持に必須の元素ですが、過剰に摂取すると肝臓などさまざまな臓器に障害を引き起こすことがあります。また、ヒトとマウスでは鉄代謝の制御が異なる可能性もあるため、実際の治療へ応用するにはヒトにおける安全性と有効性の両面から慎重に検証を進める必要があります。

 画像2_研究トピックス_中村先生図2. FSHDモデルマウスに対する鉄に着目した介入結果

おわりに

 骨格筋は、体を動かすためだけの器官ではなく、健康寿命を支え、全身のさまざまな臓器と情報をやり取りする重要な臓器であることが明らかになってきました。近年は、筋肉を構成する細胞や分子レベルでの研究が急速に進み、サルコペニアや筋ジストロフィーなどの筋疾患に対する新たな治療法の開発に応用されつつあります。適度な運動や十分な栄養摂取といった日々の生活習慣が健康を維持する基本であることは変わりません。基礎研究から得られる新たな知見を医療へとつなげることで、健康寿命の延伸や筋疾患の克服に繋がることが期待されています。


参考文献

1) S Seino, et al., Dose–response relationships of sarcopenia parameters with incident disability and mortality in older Japanese adults. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2022 Feb 25;13(2):932–944.
2) MCK Severinsen, et al., Muscle–Organ Crosstalk: The Emerging Roles of Myokines. Endocr Rev. 2020 Aug 1;41(4):594-609.
3) S Fujimaki, et al., The endothelial Dll4–muscular Notch2 axis regulates skeletal muscle mass. Nat Metab. 2022 Feb;4(2):180-189
4) 中村晃大、小野悠介.「顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの基礎研究の現状」.難病と在宅ケア.25巻.10-14項.2019年
5) K Nakamura, et al., Iron supplementation alleviates pathologies in a mouse model of facioscapulohumeral muscular dystrophy. J Clin Invest. 2025 Jul 1:135(17):e181881.

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