2026.10.06
研究トピックス
老年病理学研究チーム
膵臓がんはなぜ治りにくいのか?―がん細胞の多様性と、その「変わり身」に迫る―

老年病理学研究チーム  石渡俊行 


30年たっても「最も治りにくいがん」

 膵臓(すいぞう)がんは、数あるがんの中でもとりわけ治療が難しいがんです。日本のがん全体の5年生存率(診断から5年後に生存している方の割合)は6割半ばまで改善してきましたが、膵臓がんは今なお約10%と際立って低いままです。膵臓がんによる死亡者数は日本、米国ともにがんで亡くなる方の第3位で、米国では近い将来2位になると予想されています。
 私が膵臓がんの研究を始めた約30年前、5年生存率はわずか3〜4%でした。当時は「研究が進めばいずれ治るがんになる」と考えていました。しかし、世界中の多くの優秀な研究者が取り組んできたにもかかわらず、膵臓がんを取り巻く状況は大きく変わっていません。私たちは、その鍵が「がんの多様性と変わり身の早さ」だと捉えており、膵臓がんの克服には、これまでの研究の進め方そのものを問い直す必要があります。

膵臓がんは本当に一種類のがんなのか

ヒトの体の表面や、消化管・気道・尿路など体内の管腔の内側は、3種類の上皮細胞(腺上皮、扁平上皮、尿路上皮)のいずれかで覆われています。膵臓がんは、これまで上皮細胞のなかの腺上皮に由来する「腺(せん)がん」というタイプのがんと考えられてきました。
研究トピックス 図1_石渡先生図1. 膵臓がんの塊には、形や性質の異なるがん細胞が混ざり合っている

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 しかし、私たちが細胞の表面の「線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)」について長年行ってきた研究を基盤に調べていくと、上皮系のはずの膵臓がんの中に、間葉系(かんようけい:体の内部を支える組織などを構成し、細胞同士の結びつきが比較的弱く、個々に移動しやすい)の性質を持つ細胞が数多く混じっていることが分かってきました。このため2021年に、膵臓がんには上皮系の膵臓がんと間葉系の膵臓がんがあることを報告しました(文献1)。さらに、最近の研究で上皮系の膵臓がん細胞の中には、腺がんの特徴とともに、扁平上皮の性質も持つものが存在することが分かりました(文献2)。 


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 膵臓がんは、実は一様な「腺がん」ではなく、性質の異なるがんが入り混じった集団なのかもしれません(図1)。実際、一人の患者さんのがんの塊の中にさえ、おとなしい細胞もあれば、増えやすく転移しやすい細胞もあるなど、性質の異なるがん細胞が混じり合っています。この「顔ぶれの多さ(多様性)」こそが、診断や薬の効き方を複雑にしている要因であり、このことに基づいた新たな視点からの研究が、難治性を解く鍵になるのではないかと考えています。

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「平面」から「立体」へ ― 周囲の環境でがんの性質や薬の効き方まで変わる

がん細胞の本当の姿を知るには、体の中に近い状態で観察することが欠かせません。ところが従来の研究の多くは、培養皿の底に細胞を平らに広げる「平面(2次元)培養」で行われてきました。実際の腫瘍は立体的なかたまりですから、平面のままでは見えない性質があるはずです。 

 そこで私たちは、細胞を球状のかたまりに育てる「立体(3次元)培養」と、それを電子顕微鏡レベルで観察する方法を独自に開発しました。すると、平面培養では同じような形に見えた膵臓がん細胞も、上皮系と間葉系では、異なる形のがんの塊(スフェア)を形成することが明らかになりました(図2、文献3)。さらに、腺がんの特徴とされる粘液の主成分である「ムチン」には、立体培養で初めて発現するタイプのものがあり、上皮系と間葉系の膵臓がんではムチンの発現パターンも異なっていました(文献4)。立体培養の膵臓がん細胞は、平面培養に比べて抗がん剤が効きにくく、その効果は、上皮系と間葉系で異なることが分かりました。
研究トピックス 図2_石渡先生v2図2. 立体(3次元)培養した上皮系(A,B)と間葉系膵臓がん細胞(E,F; 文献3)
 膵臓がんには状況に応じて性質を変化させるという「変わり身の早さ」があり、従来の膵臓がん研究の入り口であった平面培養だけでは、捉えることのできない性質が数多くあったのかもしれません。

1個の細胞を見つめる ― 単一細胞という視点

 膵臓がんの多様性の正体に迫るには、がん細胞の集団を見るだけではなく、がん細胞を1個ずつ見ることも重要だと考えました。私たちは膵臓がん細胞を1個ずつ小さな培養皿(マイクロウエル)に分け立体的に培養し、それぞれの増え方を観察しました。すると、間葉系の膵臓がん細胞の方が上皮系のがん細胞より活発に増殖する細胞が多いことが明らかになりました。そして、まったく分裂しない膵臓がん細胞と、ふつうに2個に分かれるがん細胞(図3、黒矢印、文献5)、1個から一気に3個へと分裂する通常とは異なる分裂様式を示す少数の細胞が存在することを発見しました(図3、白矢頭、拡大写真)。膵臓がんの「分裂して塊を作る能力」や「多様性のあるがん細胞を作る機序」は、すでに1個1個の細胞のレベルで決まっている可能性があります。
研究トピックス 図3_石渡先生図3. 間葉系膵臓がん細胞では、2個に分裂する細胞(黒い矢印)と、3個に分裂する細胞がみられる(白い矢頭; 文献5)

「老化」を利用して治す ― 新しい治療戦略

 多様性の理解は、新しい治療のアイデアにもつながります。私たちは、「線維芽細胞増殖因子受容体4(FGFR4)」に着目しました。FGFR4は膵臓がん患者さんの約半数でがん細胞の表面に存在しています。FGFR4は細胞の増殖を誘導する受容体で、その働きを急激に抑えると、がん細胞の一部は老化して増えなくなります。そこへ、老化した細胞を選択的に取り除く「セノリティック薬(老化細胞除去薬)」を組み合わせる――「まず老化させ、それから除去する」という二段階の治療を提案しています。老化研究を専門としている本研究所の特徴を生かし、難治性の膵臓がんに対するまったく新しい戦略として研究を重ねています(図4、文献6)。
研究トピックス 図4_石渡先生図4. FGFR4陽性の膵臓がん細胞の老化誘導とセノリティック薬による治療戦略

これからの課題 ― 新しい視点で見直す

 膵臓がんの多様性は少しずつ見えてきましたが、課題はいまだ多く残っています。がん細胞ごとに性質が異なる理由や、環境によってがん細胞が性質を変える仕組みの解明は、これからの課題です。がん周囲の細胞(線維芽細胞や血管の細胞、炎症細胞など)とがん細胞を一緒に立体的に培養する「3次元共培養」や、患者さんのがんから作製する「オルガノイド」は、実際の腫瘍に近い状態を再現するための有力な手段です。一方で、患者さんの組織に近づけるための培養条件の最適化や、再現性の確保、高額な研究費などの課題もあります。
 30年間、世界中のがん研究者が努力しても大きな改善がみられなかったことから、ここで一度立ち止まり、これまでの研究のどこに見落としがあったのかを冷静に問い直す時期に来ていると感じています。日本は膵臓がんの手術が広く行われている強みもあり、基礎研究の成果を実際の患者さんから得られたがん組織で確認することができます。私たちはその先に、一人ひとりの膵臓がんの性質に合わせた診断・治療(個別化医療)の実現があると信じ、日々、研究を進めています。

まとめ

 膵臓がんは、これまで「一種類の腺がん」として扱われてきましたが、実際には上皮系と間葉系の性質を持つ細胞が存在し、さらに上皮系の一部には扁平上皮の性質を併せ持つ細胞もあることが見えてきました。立体培養や単一細胞レベルの解析によってこの多様性の実像に迫るとともに、老化を利用した新しい治療戦略の開発にも取り組んでいます。「同じ膵臓がん」でも患者さんごとに、あるいは同じ腫瘍の中でも性質は一様ではなく、環境によって性質を変化させる――この新しい視点で研究を見直すことが、治りにくい膵臓がんを克服する近道になると考えています。

参考文献

  1. Minami F, Sasaki N, Shichi Y, Gomi F, Michishita M, Ohkusu-Tsukada K, Toyoda M, Takahashi K, Ishiwata T. Morphofunctional analysis of human pancreatic cancer cell lines in 2- and 3-dimensional cultures. Sci Rep. 2021 Mar 24;11(1):6775.
  2. Shichi Y, Tsumoto H, Fujiwara M, Nonaka K, Hasegawa Y, Shinji S, Rokutan H, Takahashi K, Arai T, Miura Y, Ishiwata T. Proteomic and immunocytochemical analyses of squamous components in two- and three-dimensional-cultured pancreatic ductal adenocarcinoma cell lines. Oncol Lett. 2026 Mar 19;31(5):185.
  3. Shichi Y, Gomi F, Sasaki N, Nonaka K, Arai T, Ishiwata T. Epithelial and mesenchymal features of pancreatic ductal adenocarcinoma cell lines in two- and three-dimensional cultures. J Pers Med. 2022 May 4;12(5):746.
  4. Shichi Y, Tsumoto H, Fujiwara M, Nonaka K, Hasegawa Y, Shinji S, Rokutan H, Takahashi K, Arai T, Miura Y, Ishiwata T. Mucin expression in pancreatic ductal adenocarcinoma cell lines in 2D and 3D cultures: A proteomic and immunocytochemical analysis. PLoS One. 2026 Jul 16;21(7):e0353991. 
  5. Shichi Y, Shinji S, Fujiwara M, Ogawa Y, Yoshimura Y, Nonaka K, Yoshida H, Ishiwata T. Single-cell analysis of anchorage-independent growth ability in pancreatic ductal adenocarcinoma cell lines. BMC Res Notes. 2026 Jan 24;19(1):80. 
  6. Fujiwara M, Shinji S, Shichi Y, Nonaka K, Hasegawa Y, Takahashi K, Rokutan H, Arai T, Ishiwata T. Cytotoxic and senescence-inducing effects of BLU554 in pancreatic ductal adenocarcinoma: an in vitro study. BMC Cancer. 2025 Dec 24;25(1):1883. 

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