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研究所NEWS No.321
2026年3月発行
内容
注目記事
研究の芽と目
その他(PDFでお読みいただけます)
- ドイツ在住日本人による認知症共生社会構築のための取り組みから学ぶ
- 第175回老年学・老年医学公開講座開催レポート
- 第176回老年学・老年医学公開講座開催レポート
- 令和8年度公開講座のお知らせ
- BioJapan2025参加報告
- 令和8年度科学技術週間参加行事広告
- 主なマスコミ報道
- 編集後記
研究の芽と目
このコーナーでは、若手研究者を紹介します。「研究の芽」として現在取り組んでいる研究内容を、「研究の目」として今後の展望をお伝えします。今回は、2023 年に入職した今村研究員をご紹介いたします。
アプリを活用した高齢者の健康づくりの推進に向けて
福祉と生活ケア研究チーム 研究員 今村 慶吾
研究の芽(研究紹介)
近年、デジタル技術の進歩に伴い、私たち生活環境は急速にデジタル化が進んでいます。総務省が公表している通信利用動向調査によると、高齢者層のスマートフォン保有割合は現在も増加傾向にあり、デジタル機器は世代を問わず身近な存在になりました。そして今、これらの技術の進歩は医療や健康増進の分野にもおよび、スマートフォンアプリ、ウェアラブルデバイス1)、人工知能(AI)を活用した健康づくりに注目が集まっています。
我々の研究チームでは東京都のアプリを活用した高齢者の健康づくり推進事業(SW事業)と連動し、地域在住高齢者に多数のセンサを内蔵するウェアラブルデバイスを長期間に渡って装着してもらい、収集された日常の生活記録と健康アウトカム2)の関係を明らかにする研究に取り組んでいます。具体的には、研究所で実施している複数のコホート3)研究の参加者と病院のフレイル外来に通院されている方の中で、参加の同意が得られた方を対象に、スマートウォッチと足首に装着するアンクルバンド4)型加速度計を日常生活の中で装着していただき、歩数、睡眠時間、会話時間といった「ライフログデータ(日々の生活データ)」を長期的に記録しました。これらのデータは専用のアプリを使って参加者の方も確認できるようにしました。そして年1回の健診で、フレイル、認知機能、抑うつ症状、食品摂取多様性といった包括的な健康状態を調査しました。その結果、ライフログデータからフレイルを高い精度で判別できるモデルを構築できることが分かりました。また、ライフログデータから生活パターンの分類を行い、「よく歩き、かつ会話も多い」という生活パターンのグループに属する方は、フレイルになりにくいという傾向が見えてきました(関連記事:研究トピックス)。
これらの結果は、これまでのフレイルの評価は会場招待型の健診や病院での診察といった特定の場所でしか実施できなかったところを、ウェアラブルデバイスを使用することによって、日々の生活の中でフレイルのチェックができる可能性を示しています。また、健診のフォローアップ5)調査において、SW事業に参加した方と参加しなかった方の様々な健康アウトカムを比較したところ、SW事業参加群では2年後の食品摂取多様性や低い抑うつ症状が維持されていた傾向にあることが明らかとなりました(図1)。

これらの知見を活かして、我々は東京Chojuアプリ[1]を開発しました。このアプリは、前日の活動データをもとに、今の状態がどれくらい健康かを「フレイル予防スコア」という点数で表示します。歩数や睡眠時間、会話量などが同世代の平均と比べてどうかが分かるほか、多様な食品摂取を促すようなレシピなどの具体的なアドバイスも届きます。さらに、自分の生活リズムが色分けされた画像で表示されるため、ご自身の生活習慣をひと目で振り返ることもできます。デジタル技術を活用して、楽しみながら自分の体を守る。そんな新しい健康習慣の普及を目指しています(関連記事:プレスリリース1、図2)。

研究の目(今後の展望)
これまでの研究で、ウェアラブルデバイスから得られるデータによってフレイルを判別することができることが明らかになりました。しかし、実際にウェアラブルデバイスやアプリを使ったデジタルヘルス6)介入によって、フレイルを「予防」できるかという科学的根拠(エビデンス)は、未だ不足しているのが現状です。そこで我々の研究チームでは、健康と要介護状態の中間にあるプレフレイルやフレイルと呼ばれる高齢者を対象にウェアラブルデバイスやアプリを使ったデジタルヘルスの介入研究を開始する予定です。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の研究開発事業に採択されたプロジェクトであり、ウェアラブルデバイスや東京Chojuアプリを実際に使用していただき、その効果を検証するものです。大規模かつ長期間にわたるこの介入試験を通して、フレイル予防効果を科学的に証明することを目指します。そして、高齢者の一人ひとりが自ら健康づくりに取り組むきっかけを作り、より長く健康でいられる社会の実現に貢献していきます(関連記事:プレスリリース2)。
プロフィール
2018年に理学療法士の資格を取得し、2023年に博士(医学)の学位を取得。2023年より現職。地域在住高齢者における介護予防ならびにフレイル予防に関する疫学研究に従事。
高齢者ブレインバンク都民公開講座を終えて
老年病理学研究チーム 研究部長 齊藤 祐子(高齢者ブレインバンク責任者)
研究の芽(研究紹介)
「高齢者ブレインバンク都民公開講座」は、COVID-19の流行によるウェブのみの開催の時期を除いて、20年以上継続しています。対象は、ブレインバンクドナー登録者、センターを受診しておられる方々と、センターが支援している周辺地域の方々です。
2025年度は、11月24日(月)の勤労感謝の日の振替休日に開催しました。三連休の最後の日でしたが、100名近い参加者を得ることができました。
今回は二つの新しい試みを取り入れました。一つはバイオバンクジャパンとの共同開催にしたこと、もう一つは操作が煩雑なZoomシステムを使わずに、メール登録した受講希望者が簡単に聴講することのできるネット配信の形をとったことです。
第一演者は、バイオバンクジャパン(https://biobankjp.org/#gsc.tab=0)の、第5期代表である東京大学医科学研究所の松田浩一先生でした。2003年の保存開始以来、44万人に及ぶ志願登録者のゲノムと血清を保存しており、世界でも有数の疾患ゲノムリソースです。当センターは創設時からのメンバーで、第一期は骨粗鬆症、第二期は認知症を引き受け、現在は高齢者ブレインバンク事務局長が班員を引き受けています。双方向ID保護の原則に基づき、情報は個人が特定できない形で管理しています。一方で、必要に応じて本人の情報と安全に紐付けできるように限定的連結可能な匿名化の仕組みを取っています。今回の都民公開講座では、バイオバンクジャパンの概要と、現在の医療への貢献をお話しいただきました。また、バイオバンクジャパン登録者の、ブレインバンクドナー登録のリクルート広報活動をしてくださいました。一方1999年から活動が開始された、高齢者ブレインバンクの登録者は現 在1,300人 以上に達しており、登録者のご遺族とは密接な関係を保っております。そこで、一昨年、高齢者ブレインバンク側からの個別調査により、そのうち100例近くが生前にバイオバンクジャパンに登録しておられることが分かりました。

高齢者ブレインバンクはバイオバンクジャパンと共同で、両方に登録された100例あまりの検体により、生前血液ゲノムと死後脳ゲノムの遺伝子発現の比較解析による、老化・認知症病因解明研究を開始しました。
日本より30年あまり先行して運営が開始された数々の欧米のブレインバンクは、ひとつの疾患を中心にして運用されています。これに対し、高齢者ブレインバンクは、在宅支援総合救急病院の病理解剖例を中心としている結果、脳に疾患を持っていない方々、疾患の発症前であることが死後の病理学的検索により明らかとなった方々を多数含むことが世界的に評価されています。
両バンクへの重複登録者のほとんどが、脳疾患を持たない正常コントロールであり、東京大学医学系大学院遺伝子学研究室の、岡田随象先生が専門とする遺伝統計学的研究による、高齢者脳ゲノム三次元アトラスの作成を昨年度開始しました。癌研究において、担癌患者の血液ゲノムと癌組織のゲノムとの比較で、癌組織に特異的な遺伝子発現と病因が明らかにされ、治療法が劇的に進歩しました。精神・神経疾患においても、生前の血液ゲノムと、死後の疾患特異領域のゲノム発現を比較することで、疾患の病因を明らかにする試みがはじまっています。
第二演者の岡田随象先生は、難解な遺伝統計学をと ても分かりやすく解説してくださいました。1)大容量 のゲノム・オミクス情報(ゲノム(DNAの総体)を はじめとする生体内の様々な分子(RNA, タンパク質、 代謝産物など)の情報を網羅的に解析したデータのこ と)が出力される時代が到来し、「誰もが自分達のゲ ノムを知ることのできる社会」が、構築されつつある こと、2) 遺伝統計学は、遺伝情報と形質情報の因果 関係を統計学の観点から検討する学問分野で、数百万 人規模の大規模ヒト疾患ゲノム情報を大容量のオミク スデータ(生体内の分子全体を網羅的に解析することで得られる情報)と分野横断的に解釈し、社会還元す るための学問へのニーズが高まっており、バイオバン クジャパンを活用した研究成果を含め、遺伝統計学が 今後取り組むべき課題をご紹介くださり、3)「遺伝統 計学・夏の学校」の開催など、若手人材育成の取り組 みもご紹介してくださいました。
第三演者は、センター内の「認知症未来社会創造センター(IRIDE)」のバイオマーカー担当である脳神経内科、栗原正典先生が、東京都健康長寿医療センターのバイオバンクの紹介と、アルツハイマー病が血液で診断できる時代の一歩が到来したことをわかりやすく解説いたしました。腎機能が正常であれば、血液アミロイドβバイオマーカーは、アミロイドPET所見と極めて良く相関し、今後アルツハイマー病のもう一つの指標であるタウを、髄液以外でどう評価していくかが、今後の課題であることが示されました。
第四演者の森本悟先生は、当センターにおいて臨床研修を終え、日本神経学会専門医を取得後、慶應大学岡野研究所でiPS細胞研究に従事し、慶應義塾大学殿町先端研究教育連携スクエア特任准教授として、当研究所の岡野研のサテライトラボ責任者を務め、ブレインオルガネラ研究に携わっています。当センターOBの坂口志文博士がノーベル生理学・医学賞を受賞したことを、ダイナマイトの画像を最初に出し受講者に質問する印象的なプレゼンテーションを通じて紹介し、iPS細胞の開く未来の医療について、分かりやすく口演してくださいました。

最後に私が、高齢者ブレインバンクの年次報告を行いました。COVID-19の流行の影響による病理解剖の激減の中を、当センターではブレインドナーの方々の協力でかろうじて保って参りました。高齢者ブレインバンクの登録者1)にブレインバンクドナー2)の方の占める割合が増加していることを提示しました。そして、これまではセンターに通院している方がドナー登録者の中心でしたが、ネット等で情報を得て登録希望をしてこられる方々等、在宅医師、医療機関を通じての広報活動により、登録してこられる方等、対象者の裾野が拡がって来たこともお話ししました。
一般的に用いられているZoomを使わないネット配信の試みについては、PCにZoomをインストールし、ログインする手間は、都民公開講座に興味をお持ちいただくのが高齢者であることを考えると、より簡単な方法が好ましいと考えました。高齢者ブレインバンク都民公開講座では、聴講希望者のメールアドレスを登録することにより、聴講可能なシステムを以前から構築する努力をしており、今回はその方法を実現することが出来ました。この点では、研究所IT部門、HAICにご協力いただき、感謝しています。
本講座内容はYouTubeで公開予定です。アップ致しましたら、ホームページにてお知らせいたします。
あ今後とも高齢者ブレインバンクへの支援を、お願いいたします。ご意見やご要望もホームページを通じて遠慮なくいただき、本バンクのロゴである、「患者さん・医師・研究者」の力を合わせてより良い運営をしてゆけましたら、幸いに存じます。